遊撃部隊 - discipline -



「私は反対だ。遊撃部隊などと言っても、要は帝国本陣への特攻隊じゃないか」


 そんなものは認められない。
 太陽が沈み、東の空に星が瞬く頃、軍令部の会議室には軍の上層部の者たちが顔を揃えていた。彼らを前にしたゲアハルトは会議の冒頭にたった一言を発した。「各騎士団より精鋭を選抜し、遊撃部隊を編成する」その一言に、招集された彼らはどよめいた。口々に周りの者たちと言葉を交わす者もいれば、一人で思案している者、困惑した表情を浮かべる者もいれば、納得している者など、その反応は様々だった。
 そんなどよめく会議室の中、一際凛とした声で反対を唱えた者がいた。誰もが口を閉ざし、その声を発したヒルデガルトへと視線を向ける。


「認める認めないの話ではない。この件についての陛下の了承は既に取ってある」
「そんな、」
「今回、招集したのは協議の為でなく周知の為だ。遊撃部隊の編成は決定、各騎士団は小隊を選抜して数日中に報告を」
「ふざけるな、ゲアハルト!精鋭を選抜した後の隊はどうなる、指揮系統も変更しなければならないし、戦力も落ちて……貴様、まさか……当て馬にするつもりでは……」
「慧眼だな、バルシュミーデ団長。当て馬、とは語弊があるがな、要は残りの兵で足止めと時間稼ぎをする」


 元より兵力差は歴然としている。これからはいかに大規模な白兵戦に至る前にこの兵力差を埋めることが出来るのかが問題となってくる。そう指摘するゲアハルトにヒルデガルトは柳眉を寄せる。彼の言っていることは決して間違ってはいない。しかし、その為の方法に納得が出来ないのだ。
 騎士団から精鋭を選抜するということは、小隊を率いている部隊長が抜けるといっても過言ではない。そうなると、指揮系統は混乱することになるだろう。新しく部隊長を任命したところで、経験が浅いということは変えようのない事実だ。いざというときに取るべき行動が取れない可能性が高く、そうなると小隊そのものが敵にやられかねない。結果的に、その被害は甚大なものになる可能性さえあるのだ。
 そのような危険な一手を敢えて取る必要はない、ヒルデガルトだけでなく他の団長らもそう意見するも、国王の許しが既にあるということで、日和見を決め込む者も少なくない。


「勘違いしてもらっては困る。此方にそんな余裕があるとでも思っているのか?ベルンシュタインにもう後はない」
「だが、敢えてこのような危険な、」
「ならば聞こう。帝国は危険を避け続けて勝てる相手なのか?そのような日和見や先延ばしの考えで本当に勝てるとでも思っているのか?」


 その問い掛けに誰もが口を噤む。この国には後がないということも、余裕がないということも分かってはいるのだろう。しかし、心のどこかで現実から視線を逸らしている自分がいるということを指摘されたかのようで、誰もが渋面を作っている。
 ゲアハルトはそんな彼らの顔を順繰りに見やり、冷やかな青の瞳を細める。


「貴君らの守るべきものは何だ?兵士の命だけでないだろう。守るべきはこの国であり、無力な民だ。戦う術があるにも関わらず、それをやろうとしないなんてことは俺が許さない。……先ほど、君は言ったな、バルシュミーデ団長。遊撃部隊と言っても、要は帝国本陣への特攻隊ではないかと」


 ちらりとヒルデガルトへと視線を向けるゲアハルト。彼の目は底冷えするほど、冷やかなものだった。


「特攻隊には成り得ない。何故なら、彼らはきっと作戦命令を完遂するからだ」
「……どこに、そのような根拠がある」
「精鋭だからだ。戦場を知り尽くしている者たちだからだ。だが、今此処で彼らを使わなければ、バルシュミーデ団長の言うように特攻隊の編成も視野に入れることになる」


 彼は落ち着いた声音で、然も当然だとばかりに言う。その目に迷いはなく、ゲアハルトならばその言葉通りに、特攻隊を作るのだろう。会議室に顔を並べる面々は互いに視線を交わし合い、言葉を濁した。日和見は許さないとばかりにそれぞれに向けられる冷たく強い視線に団長らは息を呑んだ。
 ゲアハルトは本気だ。本気で帝国に勝つ気でいる――その為ならばどのようなことでもするのだろう、それはどこまでも冷たく、そして強固な意志を秘めたその目を見れば明らかだった。


「我が軍は入隊年齢を16歳にまで引き下げている。今後これ以上下げるかどうか、兵役義務を付けるか否かは今後の貴君らの働き次第だ」
「……それは、脅しではないか」
「脅しではなく事実だ、ガンスト団長。貴君も未来のある子どもの将来を奪いたくはないだろう」


 俺も出来ることならそのようなことはしたくはない。
 付け足すような口振りでそれを発すると、不意に慌ただしく会議室の扉が開け放たれ「失礼致します」と足早に文官が入って来た。そのまま最奥に座しているゲアハルトの元に歩み寄り、彼の耳に何事かを耳打ちした。何かったのではないかとその様子を固唾を飲んで見守る団長らに対し、その報告を聞く彼の表情は変わらない。
 伝え終えた文官に下がるように伝えると、ゲアハルトは微かな笑みを以てマスクの下で口角を僅かに吊り上げた。
 

「北の国境、ベルトラム山に帝国軍が陣を築こうとしている」
「何!?」
「落ち着いてくれ、バルシュミーデ団長。奴らが攻め込んで来るまでにはまだ数日の余裕がある」
「馬鹿を言うな、ゲアハルト!……貴様、まさかそれが分かっていて我々、第三を呼び戻したわけでは……」
「あそこは山間だ。隙を付いて本陣を強襲するにはちょうどいい」


 ヒルデガルトは絶句した。こうなることも全て分かった上で、否、あえて国境に穴を開けることでゲアハルトは帝国軍を誘導した。それも偏に遊撃部隊編成を否応なしに認めさせる為に、だ。無論、帝国軍の兵力を少しでも削ることも目的の一つではあるだろうが、本当の目的ではない。
 この為だけにこのようなことまでするのかと、ヒルデガルトだけでなく反対していたガンストや他の団長らは信じられないとばかりにゲアハルトを見つめる。


「この国を真に憂えるのならば、するべきことは分かっているはずだ。貴君らの英断に期待する」


 終わりだ、そう告げるとゲアハルトは立ち上がり、足早に会議室を後にした。既にどうするか決めている者も同様に会議室を後にし、渋面を作っている者ばかりが未だ椅子から立とうとはしなかった。
 彼のしていることは強引だ。しかし、合理的でもあった。それでも、すぐにゲアハルトのすることに応えられないのは、ベルンシュタインの騎士としての矜持があるからだ。会議室に残っていたヒルデガルトは奥歯を噛み締め、そして握り締めた拳で机を叩いた。













「本当に容赦ないよねー、司令官殿は」


 司令官室に戻ったゲアハルトは、まるで自室であるかのように椅子に座って寛いでいるエルンストに溜息を吐いた。そしてどうやら先ほどの会議室での話を何処からか聞いていたらしい彼の言葉に鼻で笑うと「大したことは言っていない」とだけ返し、執務机に向かった。
 これからは更に忙しくなることが分かり切っている。最初は日和見を決め込んでいた団長らも、さすがに北の国境に帝国軍が陣を構えようとしているとなれば、急ぐはずだ。しかし、ここまでしなければ動かない彼らの重い腰にはさすがのゲアハルトもうんざりした。彼らはあまりにも危機感が無さすぎる。それをそのまま口にすると、エルンストは喉の奥で笑った。


「仕方がないさ。この国は平和ボケしてるんだから」
「いつまでもボケられていては困る」
「天候も安定していて食料も十二分で、陛下の政治も安泰。問題があるとすれば帝国だけ……それも今のところ、何とかなってるから、焦りがないんだよ」


 けれど、さすがに焦りを覚え始めたことだろう。本来であれば、十二に分けて編成されている騎士団の中からいくつかが国境の防衛に当てられている。今回の場合、北の国境であるベルトラム山付近は第三騎士団が就いている場所だった。
 だが、第三騎士団は王都ブリューゲルに戻され、手隙の状態である。帝国はそれを見逃さすことはないだろう――ゲアハルトの読みは当たった。


「さすがに今回のことは焦ると思う。上手くいくといいね」
「ああ。しかし、思ったよりも帝国の動きが早い」
「どうするの?」
「上手くやるさ」


 それだけ言うと、ゲアハルトは口を閉ざした。マスクで顔の半分を隠した上にフードまで被っている為、その表情を伺うことは出来ない。しかし、疲れているということは伝わって来る。
 エルンストは椅子から立ち上がると、「あのさ」と扉の方に向かいながら口を開いた。


「探し物はまだ見つからない」
「……そうか」
「あの子に聞いてみたら何か分かるかもよ?」
「いい。彼女はまだ巻き込むな」


 常ならば、そのようなことは言わないだろう。エルンストは彼の今の発言を意外に思いつつ、面白いものを見つけたとばかりに笑みを浮かべる。目的の為ならば手段を選ばないゲアハルトにしては、らしくない言葉だったのだ。それでも、まだ巻き込むな、と言う辺り、いつかは巻き込むつもりではいるのだろう。否、巻き込まずにはいられるはずもない。
 エルンストは「分かったよ」と肩越しに振り返る。


「今後は城の方を探してみる。元はあそこにあるべきものなんだから、ありそうなんだけどね」


 それだけ言うと、エルンストは扉を開ける。そして出て行こうとするも、一歩を踏み出す前に名前を呼ばれた。何かあるのかと振り向けば、ゲアハルトは手元の資料に目を通しながら「ベルトラム山付近の地図をあるだけ全て持って来させろ」と口にした。


「それから、バルシュミーデ団長を呼んで来い」
「げっ……俺、あの人苦手なんだけど」
「知るか」


 早く行け、とゲアハルトはエルンストに手を振る。あまり待たせると次に顔を合わせたときに文句を言われることは目に見えている。仕方ないとばかりに溜息を吐くと、気の抜けた返事を残して部屋を後にした。そして通りかかった文官に頼まれた旨を伝えると、文官は一礼の後に慌ただしく資料室へと向かって駆け出した。
 後はヒルデガルトに声を掛けるだけだが、こちらの方がずっと難しいとばかりにエルンストは溜息を吐き、一先ずは彼女に宛がわれている宿舎の一室へと向かうために軍令部を後にした。




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