おかえり - home -



「ところで、陛下のご容態はどうなんだ?」


 既に何本目かのワインのボトルを傾けながらゲアハルトは先日、顔を合わせたホラーツのことを思い浮かべる。特に顔色も悪くはなく、話している様子も常と何ら変わりはないようだった。しかし、クラネルト川に帝国軍が出兵して来た際にベルトラム山で指揮を執っていたゲアハルトを帰還させる程、一度は体調を崩していたのだ。そのことを思えば、やはり今後また同じことがあるのではないかと不安も過る。
 ホラーツの主治医でもあるエルンストが呼び戻されることはなかったということは、戦闘の指揮を執ることは出来ないものの、城に控えている医師で間に合う程度のものだったという見方も出来る。帰還後、改めてホラーツを診察したエルンストに容態について問い掛ければ、彼はグラスを置き、溜息を吐いた。


「まあ、過労だろうね。俺が診た時にはもうピンピンしてたよ。……ただし、陛下ももうお歳だ。いくら元気に戦場に出られてるといっても、老いは誤魔化せない」
「……そうか」


 本人は表に出さないようにしてはいるのだろうが、老いは何者にも平等に訪れるものだ。老いれば誰しも衰える。それはどうすることも出来ない自然の摂理とも言える。
 深く溜息を吐き出すゲアハルトにエルンストは「帝国軍が攻めて来なければ、少しは陛下の心労も減るんだろうけどね」と微苦笑を浮かべる。国境を越えようとする小競り合い程度のものであれば、ゲアハルトが指揮を執れば済むことではある。だが、兵士の士気を上げる為には時にはホラーツの存在も必要となって来る。だからこそ、今でも彼はベルンシュタインの国王として前線に姿を見せることがあった。
 しかし、未だ第一騎士団の団長も兼ねているとは言え、老体であることは変わらない。そのことを思えば、早いところ後継に委ねるべきであるともゲアハルトとエルンストも考えるのだが、それこそが大きな問題でもあった。


「……もうちょっとあのアホ殿下が使い物になったら陛下の心労はもっと減るのになー。司令官を呼び戻したのだってアホ殿下を当てに出来ないからでしょ」
「……言うな。それから口を慎め」
「司令官だって思ってるんでしょ?シリル殿下はアホで使い物にならないって」
「……」


 本来であれば、第二騎士団の団長は次のベルンシュタイン王となる王子の座である。しかし、その慣例に反して第二騎士団は現在、ゲアハルトに預けられている。それは異例中の異例であり、前例にないことだった。そのことからもホラーツの息子であり、ベルンシュタイン王国の第一王子であるシリルがどのような人物であるかが伺い知れる。
 ゲアハルトはエルンストから視線を逸らし、何とも言えない表情を浮かべる。そんな彼の様子にエルンストは催す笑いを噛み殺すも、柳眉を寄せたゲアハルトにテーブルの下で脛を蹴られて悶絶する。あまりの痛さにテーブルに突っ伏すも、「要らないことを言うからだ」とゲアハルトは然も当然とばかりに言う。


「でも、紛れもない事実でしょ。獅子王と名高い陛下の息子があんなアホだとは……、まあ、母親も母親だから仕方ないだろうけど」
「……キルスティ様は我が強い方だからな」
「我が強いなんてもんじゃないでしょ、あれは。何であんな高慢ちきなんだか……政略結婚とは言え、陛下が可哀想過ぎる、不憫だよ。アホの殿下も何でそういう要らないところを受け継いだんだか……。姫と末っ子がまともなのが不幸中の幸いとしか言いようがないよ」


 陛下もよくエルザが男だったらとか、末っ子に後ろ盾があったらとか嘆いてるけどね。
 エルンストは机に突っ伏したままそう付け足す。つまり、ホラーツの心労の原因はその殆どが後継者についてのことだということである。王位継承権第一位であるシリルは父親に似ず、剣もまともに扱えず、性格にも難がある。そのシリルの姉であるエルザは継承権を持っていないが、勤勉な性格で国民のことをよく想う、治世者としての人格は申し分がないという。そして、継承権第二位の末の息子は剣の才にも恵まれ、人格的にもホラーツ自身は後継者として推したいところではあるものの、後ろ盾がなかった。シリルとエルザ、末の息子とでは母親が違うのだ。


「後ろ盾ならお前がなってやればいいだろう」
「そりゃあ、いざとなればその手もあるけど、うちにとってもそれは博打同然だからね。末っ子が必ず国王になるっていう確実性に乏しい今はそんな手は打てないよ」
「なるほど、ならば状況が整いさえすれば後ろ盾になると、そういうことだな」
「その、言質を取ったみたいな言い方やめてよ」


 言うんじゃなかった、と溜息を吐くエルンストに、「それでもいざとなればやるのがお前だろ」とゲアハルトは空になったグラスにワインを注ぐ。その所作にエルンストはじとりと半眼でゲアハルトを軽く睨む。こういう時だけ機嫌よく注ぐんだから、と拗ねるように言えば、彼は何も言わずに何のことだかと肩を竦めて見せた。


「状態を整えるよりも司令官が陛下の養子になって後を継いだ方が早いんじゃないの。ベルンシュタインの英雄だって名高いんだ、誰も文句なんて言わないよ」
「馬鹿を言うな。俺はただの軍人だ、……この国を治める資格なんてない」
「そうかなー……命令される下の人間の気持ちも命令する上の人間の気持ちも分かって、傷つけて傷つけられて、その痛みも知ってるあんたは向いてると思うけど」
「……」


 居心地の悪そうに視線を逸らすゲアハルトに肩を竦め、エルンストは注がれたグラスを煽る。それを横目に、彼は話題を変えるように「ルヴェルチのことだが、」と切り出す。その名を口にすることすら厭うように微かに眉間に皺を寄せつつ、脳裏に過ったのは苦々しい過去の出来事だ。アイリスの顔を見ても時折思い出すことではあるものの、彼女を前にして思うことはいつだって申し訳なさと罪悪感だ。それに対してルヴェルチによって思い起こされることは自身の無力さだった。


「キルスティ様とシリル殿下の背後で何やら動いているようだ。そこはまだ探らせているが、あいつもなかなか尻尾を出さない」
「まあ、だからこそルヴェルチは厄介なんだけどさ。あいつからしてみたらアホ殿下を次の国王にして傀儡にしたいんだろうね」
「だろうな。キルスティ様からしてみても、相手がルヴェルチだろうが力のある人間が自分の息子を国王にと推すなら悪い話ではないからな」


 だからこそ厄介だ、とゲアハルトは眉を寄せる。正妃キルスティからしてみれば、自分の息子ではない末の王子をホラーツが推しているのは面白くはない。だからこそ、そこにルヴェルチというあまり良い噂のない人間であっても力を持つ者からシリルを次の国王にと囁かれれば、手を結ぶだろう。今後、ルヴェルチが動きやすいようにと便宜を払い、ルヴェルチの邪魔をしようものなら逆に排除されかねない。
 エルンストはグラスを回しながら、「母親の愛は偉大だねー」と軽口を叩くが、笑っていられる事態ではないということは重々分かっているのだろう。その目は冷たく、いざとなればベルンシュタインの正妃だろうと殺しかねないものが宿っている。


「……エルンスト」
「分かってるよ。司令官の指示なしに勝手なことはしないさ」
「分かっているのならいい。……キルスティ様にしろ、ルヴェルチにしろ、この世から退場頂くには相応の時期を見計らう必要がある。特にルヴェルチには、どうせなら白の輝石の情報を十分に集めてから退場してもらいたいところだ」
「手ぶらで死なれるよりは、っていうのも分かるよ。でも、あんまり慎重になり過ぎれば、やられるのはこっちだよ」


 ゲアハルトにしろ、ルヴェルチにしろ、考えていることは大差ない。ならば、ゲアハルトがルヴェルチの死を望むように、ルヴェルチもまたゲアハルトの死を望んでいるのだということは容易に想像がつく。互いに今はまだ時期ではないからとその手段を取っていないに過ぎないのだ。
 そう指摘するエルンストを一瞥し、「分かってるさ、それぐらい」と呟く。いざとなれば、形振り構わずキルスティやルヴェルチを手に掛けなければ、ベルンシュタインに明日はない。少なくとも、ルヴェルチだけは排除しなければならないとゲアハルトは心に決めている。ベルンシュタインにとってルヴェルチの存在が害悪でしかない、と。


「それにしても、何で白の輝石は失くなっちゃったんだろうね。奇跡の石だとか言われてるのに紛失するって……」
「奇跡の石と言われていても、何の奇跡も今まで起こさなかったらしい。だからこそ今までは建国の頃から存在する国宝程度の認識しかされていなかったからな」
「だからって国宝を失くしちゃだめでしょ。そのせいでただでさえややこしい事態なのが余計にややこしくなってるんだから」


 建国当初からベルンシュタインに伝わっている奇跡の石と称される白の輝石。それは未だ深い眠りについたまま、一度たりともその名の通りに奇跡を起こしたことはない。仮に石が覚醒し、何かしらの奇跡を起こしたとなればその行方を探る手がかりにもなるだろう。しかし、奇跡というものは明確な括りがあるものではない。誰にとっても奇跡と呼べるものがあり、個々人にしか奇跡と捉えられないものもある。だからこそ、必ずしも白の輝石が覚醒していないとは言い切れないが、行方を秘密裏に探し出して入手することを目指すのであれば、覚醒していない状態の方が好都合だった。
 探すことは困難を極めるが、奇跡の石が覚醒した状態であったとすれば、それを何としても手に入れようとする者も現れ、そちらの対処もしなければならない。最悪の事態となれば、それが原因で国内で争い合うことにも繋がり、延いてはベルンシュタインの弱体化へと繋がる。ヒッツェルブル帝国との戦争中である今、それだけは何としても避けなければならないことだった。


「奇跡の石だとか呼ばれてるぐらいなんだから、ぱっと目覚めて戦争なんて終わらせてくれたら楽なのに」
「それで終われば苦労はしない。それにたった一度戦争が終わったところで、また数十年後には戦争が始まる。根本的なことは何も変わらないし、人間なんて生き物の欲深さは無くならない」
「厭世的だね。司令官の言うことには同意だけど、もう少し楽に考えた方がいいよ。息詰まらないの?」
「生憎、こういう考え方が身に染みていてな」


 どうしようもないとばかりにゲアハルトは肩を竦めて見せる。息が詰まらないのかというエルンストの問いに答えるならば、確かにその通りだと彼自身感じている。息苦しく、それこそ足枷を嵌めた状態で水中に沈められているような気さえする時もある。しかし、先ほど口にしたことこそが真理であるのだということはよくよく分かっていた。
 人間とは欲深い生き物だ。白の輝石が奇跡の石であろうと、そういった根本的なものを買えることは出来ないだろう。仮に出来るとすれば、それは本当に奇跡だとゲアハルトは思う。だが、そんな人間ばかりが生きる世界は平和なのだろうかともふと思った。欲がなければ確かに争うことはないかもしれない。けれど、何も発展することがないのではないかとも思ったのだ。
 しかし、今はそれを考えたところでどうしようもない。実現することなど到底不可能なことを考えている余裕はない。打たなければならない手は多く、それに反して待たなければならない時間も多い。何事も上手くスムーズに進むことなど有りはしないのだ。


「……それじゃあ、俺もそろそろ戻ろうかな。司令官の秘蔵のワインも底を尽きそうだし」
「待て」
「え、何?代金払えって?止めてよ、酒場じゃないんだから。たまには俺を労ってよ」
「十分労っただろ。だから一つ、頼まれろ」


 まだ何かやらせるの、とエルンストは盛大な溜息を吐きつける。しかし、言葉とは裏腹に表情はそれほど嫌がった様子はない。仕事中毒なのではないかと思いつつ、ゲアハルトはグラスの残る赤い液体へと視線を投じる。血のように赤く、けれど、香りはまるで違う。同じ赤い色でも不快感がまるでない、そんなことを考えながら彼は一言、口にした。


「作って欲しい毒物がある」


 息を詰める気配の後、エルンストは目を細める。それは一体何に使うのかという当然の疑問をぶつけられ、ゲアハルトは視線を窓へと向けた。カーテンの隙間から差し込む月明かりを見つめつつ、「帝国軍の兵力を削ぐ為に使う」と静かに告げる。
 戦争に関して、ベルンシュタインではいくつか法で定められていることがある。軍人ではない民間人を攻撃してはならない、街や村を襲ってはならないという当たり前とも言える法の中に毒物の使用を禁止するものも含まれている。毒物を使用することで関係のない一般人を巻き込むことや土地を汚すことを危惧しての条項であり、そのことはゲアハルト自身も重々承知している。
 しかし、このままではベルンシュタインに勝利はない。いくら国境を侵そうとする帝国軍と戦い、追い返し、捕虜とすることが出来ても、それは勝利には結びつかない。勝利を得るには全面的に戦い、雌雄を決しなければならない。だが、それをするにはあまりにも兵力差があり過ぎるのだ。策を講じたところで、それこそ奇跡でも起きなければ勝敗が引っ繰り返ることはない。


「……陛下にそのことは?」
「言うわけがないだろう。まずお許しにならない」
「そりゃそうだ。だから俺に話を持って来てるんだろうけど……下手を打てば、立場が悪くなるよ」
「承知の上でのことだ」


 事も無げにゲアハルトは言うと、芳醇な香りを放つワインに口を付ける。仮にこのことが露見すれば、ゲアハルトのことをよく思っていない者らがこぞって糾弾することだろう。しかし、それでも出来る限りの手を打てるときに打っておかなければならないことも事実だ。
 ベルンシュタインにもヒッツェルブルグにも時間がない。ベルンシュタインはそれこそ兵士の数が少なく、鍛錬によって一人一人の能力を上げることで補ってはいるが、限界がある。ついには入隊年齢を引き下げることとなり、このままいけば徴兵令を出さなければならなくなる。それに対してヒッツェルブルグは飢えと貧困に喘いでいる。そしてそれらは、人の心を貧しくする。彼らは死に物狂いで豊かな土地を持つベルンシュタインを狙って来る。その餓えた帝国の人間たちから国を守るには、あまりにも心許ない兵力だった。
 だからこそ、危険な橋であれ、帝国軍の兵力を削ぐことは必要不可欠だ。いくら個々人の能力を上げても、何十人もの敵兵に囲まれて生き残れる者は殆どいない。ならば、相手の数を減らすしかないのだ。そのためには、手段を選んでいる時間はない。


「……まあ、このことは俺しか知らないとして、仮にこのことで司令官を糾弾してくる奴がいたら、そいつは帝国軍と繋がっているとも言えるわけか」
「そうだな」
「だとしても、危険すぎると思うけどね。……まあ、状況が状況だから許されるかもしれないけど」


 この国の人間は戦争中だっていうのに頭の中がお花畑だからね、とエルンストは吐き捨てるように言う。戦争中の国だとは思えないほどに安穏としている。国柄と言えばそれまでだが、あまりにも危機感が無さ過ぎる。だからこそ、ゲアハルトが戦争に毒薬を用いたとなれば、民間からの非難も噴出するだろう。
 それをエルンストが暗に示すも、ゲアハルトの意思は変わらない。「使えるものは全て使わないとな」とさえ言い出す始末であり、エルンストもほとほと呆れたように溜息を吐く。


「それで、どういうのがいいの?内容によっては時間がかかるけど」
「そうだな……眠るように死に至らしめるものがいいか。あまり派手な死に方は好ましくない」
「ふーん……、作ったとして、どういう風に仕込むの?いくらアホの帝国でもおいそれと毒物なんて効くもんかな……」
「ああ、必ず効く。食糧に仕込めばな」


 然も当然とばかりにゲアハルトは言うも、彼から出て来た言葉にエルンストは目を瞠った。そして、「食糧にって、あっちとの交易なんてしてないのにどうするのさ」と詰め寄る。帝国で貧困が広まり始めた十数年前までは積極的に食糧支援を行っていた。しかし、戦争が起こってからは民間レベルでの交易さえなくなっている。そんな相手に毒物を仕込んだ食糧を渡らせることなんて出来るとはエルンストには到底思えなかった。
 しかし、ゲアハルトの態度は変わらない。どこまでも落ち着き、常と変わらない冷静そのものだった。


「問題ない。国境戦でも何でも、とにかくあちらが攻めてくればいい」
「攻めてって……まさか」
「ああ、こちらが兵糧を残して撤退する、それだけだ。撤退する前に毒物を仕込んでおけば、後は勝手に奴らが自滅する。口にするだろう兵士らがな」
「……それは、確かに……、いや、この方法だったら、民間人に被害は出ない、か……」


 沈思するエルンストを横目にゲアハルトはグラスを空にする。そして同じく空になったボトルを手に取り、そのラベルを見遣りつつ、「そもそも水中花を実戦投入した時点で、毒だから何だと言っても無意味だろ」と言えば、エルンストは呆れたように溜息を吐きつける。確かにそれはそうだけど、もう少し対面ってものを気にしなよ、と彼は半眼でゲアハルトを見る。しかし、一向に取り合う気のないらしい彼は「完成にはどれぐらい掛かりそうだ?」と問い掛けるだけでゲアハルトの中では既に決定事項らしい。そのことにエルンストは溜息を吐くも、仕方がないかと言葉とは裏腹に薄らと笑んでいる。


「そうだなー……、色々掛け合わせて実際に実験をしてみて調整、量産と一ヶ月ぐらいかな」
「長いな、二週間で済ませてくれ」
「無茶言わないでよ。こっちは他にも仕事抱えてんの」
「なら、こちらを最優先でやってくれ。調整までなら二週間あれば十分だろう」
「まあ……それなら何とかなるかな」


 人使いが荒いんだから、とエルンストはあからさまな溜息を吐くと、今度こそ席を立ち上がる。ゲアハルトも立ち上がると、棚へと近付き、先ほどとは違う場所へと腕を差し入れ、そこからまたもやボトルを取り出す。そして、それを扉近くで足を止めているエルンストへと差し出した。受け取ったボトルのラベルを一瞥し、「前金ってこと?」と微苦笑を浮かべる。


「そんなところだ」
「じゃあ、二週間で終わらせたらまた美味しいワインでも飲ませてよ。今度は何か軽食もあればいいな」
「考えておくが、お前の仕事次第だな」
「こういうことはきっちりやるよ、俺はね」


 それじゃあ、とエルンストは片手を上げると執務室を出て行った。それを見送り、ゲアハルトは執務机へと戻った。打てる手は今のうちに全て打たなければならない、改めてそう自分に言い聞かせる。しかし、ふと思ったことは、このことがもしアイリスに知られたら彼女はどう思うのだろうか、ということだ。彼女は潔癖なところがあるようにゲアハルトは感じていた。そんなアイリスが法に反することを自分がしたということを知ったら、もう真っ直ぐにはあの瞳に見てもらえないのではないかと、そう考えたのだ。
 だが、彼女にどう思われようともすることは変わらない。負けるわけにはいかないのだ、絶対に。だからこそ、卑怯だと罵られような手も必要ならば打つ。そのことで自分の評価が変わろうとも構わない、とゲアハルトは考える。


「……ほら、やはり俺には王なんて向いていない」


 帝国を倒すという目的を成し遂げることが出来るのなら、それまでの過程がどれほど血に塗れようと構わない。どれだけの人間が自分の一言で死のうと構わない。それで目的を達することが出来るのなら、安いことだとさえ彼は考える。
 そんな自分が王になどと、なれるはずがない。なってはならない、そんなことは許されるべきではない。自嘲混じりの笑みを口元に浮かべ、彼は明るい青の瞳を伏せた。 
 
 

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