カーニバル - stray cat -



「大丈夫?アベル」


 夕方、アイリスは男子寮のアベルの部屋にいた。丁度、同室の者たちは任務に出ている為、この部屋には夏風邪で寝込んでいるアベルと見舞いに来たアイリス以外には誰もいない。
 エマが去り際に落としていった爆弾から何とか回復したアイリスは餌を待ちわびていた裏庭の黒猫にスープを持って行ってから、その足で窃盗犯などの捕縛を担当しているヒルデガルトの元へと向かった。いつもきびきびと動いている彼女もやはり疲労の色が濃く、疲れ切った笑みを浮かべてアイリスを迎えた。
 その後、ヒルデガルトの下で調書を書き、盗品の返却などを行っているうちに夕方になった。そして、これからアベルと共に王城警備ということもあって彼の様子を見に来たのだ。本来ならば、男子寮への立ち入りは認められてはいないものの、丁度見かけた同じ第二騎士団所属の兵士にアベルの様子を尋ねると、体調が相変わらず優れていないとの話だった。丁度人も出払っているから行って来るといいと勧められ、立ち入りは認められてはいないが、こっそりと部屋に訪れていたのだ。


「……ちょっとこじらせただけ。寝てれば治るよ。……というか、あんた、あの人呼んだでしょ」
「エルンストさんのこと?だってアベルが体調悪いっていうから……ちゃんと診てもらった?」


 どうやら、エルンストはすぐに様子を見に来てくれたらしい。そのことにほっとする反面、エマとの話を思い出して頬に熱が昇る。アイリスは慌てて頭を振って思い浮かんだことを外へと追いやるも、アベルからは何をしているのかとばかりに呆れを含んだ視線が向けられる。


「診てもらったよ、色々と文句言われたけどね。薬も貰ったから飲んで寝たら治るよ」
「それならいいけど……、とにかく今日はもうゆっくり休んでね。警備ならわたし一人で平気だから」
「ちょっと待ってよ、それは……、っ」


 眉を寄せて言い募ろうとした矢先、彼は咳き込んでしまう。アイリスはその背を擦り、「そんな状態じゃ無理だよ」と眉根を下げながら顔色の悪い額へと手を伸ばす。触れたそこは熱く、明らかに熱がある。いくら薬を飲んで寝ているといっても、出歩くべきではない。
 アイリスは手を引き、改めて警備任務は無理だとアベルに告げる。しかし、彼は納得出来ないらしく、行くと言って聞かない。だが、このような問答をしている場合でもなく、アイリスは無理矢理にでも起き上がろうとするアベルの肩をベッドに押さえつけ、「だめったらだめ!」と彼に言い聞かせるように言う。


「これで悪化したらどうするの?季節の変わり目の風邪って長引きやすいんだから、しっかり休んだ方がいいよ」
「……それじゃあ、あんたはどうするの?一人でなんてだめだから」
「誰か手の空いてる人に頼むことにする。それならアベルも心配ないでしょ?」


 本当は一人でも平気だと思っている。しかし、こう言わなければアベルが納得しないのは明らかだった。暫し眉を寄せていたものの、彼自身、自分の体調がどれだけ悪いかはよくよく承知しているのだろう。仕方がないと溜息を吐き、起き上がろうとしていた力を抜く。そこで漸くアイリスもアベルの肩から手を退けた。


「……ごめん」
「どうしてアベルが謝るの?」
「体調不良は僕のミスだからだよ」
「気にしなくていいよ。わたしの方こそ、一緒にいたのにすぐに体調不良に気付いてあげられなくてごめんね」


 リュプケ砦から帰還してから、攻撃魔法の鍛錬を付けてもらっていたこともあってアベルと一緒にいる時間は長かった。体調を崩しかかっているということには気付いていたものの、休むように強く勧めなかったのだ。そのことを今更ながらに後悔していると、いつもよりも熱を持った指先が額を指弾する。
 思わぬ痛みにアイリスは顔を顰め、「何するの、いきなり」とアベルを見遣る。彼は苦笑いを浮かべながら、「別にあんたが謝ることはないよ」と少し掠れた声で言う。いつもの覇気も今は鳴りを顰め、いつになく弱っている様子だった。謝ることはないとは言われても、やはり気にしてしまうところはある。つい眉根を下げていると、アベルは大袈裟な溜息を吐く。


「これぐらい平気だって。それにあんたのせいでもないから、気にしないでよ」
「……うん」
「それよりも、そろそろ用意し始めなくていいの?僕のことはもういいから、今は任務に集中しなよ。王城だよ?万が一のことがあって、ぼーっとしてたから賊に入られたなんてことになったらクビじゃ済まないよ」


 今回の警備場所は今までのようなカーニバルが行われている場所ではなう、王城である。一般人の立ち入りは禁止されているものの、カーニバルの混雑を狙って侵入しようと企てる者も少なからずいる。ヒルデガルトからも王城に侵入しようとして捕縛した者が幾人もいるのだということは聞かされていた為、アイリスの表情は自然と引き締まる。


「うん、……気を付ける。それじゃあ、わたしはもう行くから。アベルはゆっくり休んでね」
「そうさせてもらうよ。……次に起きたときにクビになってた、なんて止めてよね」
「分かってる。じゃあ、またね。おやすみなさい」


 アベルに布団を掛け直し、アイリスはベッド脇の椅子から立ち上がると足早に男子寮を後にした。準備も全て整えてから来ていた為、警備の交代まではまだ時間もある。今のうちに猫の餌の準備もしてしまおうとアイリスはその足で厨房へと向かった。
 厨房で夕食のメニューであるポタージュを少量分けて貰ったアイリスはそれをしっかりと冷ましてから裏庭へと急いだ。今朝もなかなか餌を持って行かなかった為、随分と機嫌を損ねてしまったのだ。これで夕食まで遅れると、引っ掻かれてしまうだろう。それはそれで痛いから勘弁して欲しいと思いつつ、アイリスは裏庭へと続く扉を開けた。


「ご飯持って来たよー……あれ……」


 いつもならばすぐに姿を現すはずの黒猫の姿はなく、裏庭は静まり返っていた。何処かで寝ているのだろうかといつも寝転がっていることの多い草むらへと近づくも、そこにも姿はない。アイリスは持っていた小皿を置き、何処にいるのだろうかと辺りを探し始めた。
 しかし、何処を探しても黒猫は姿を見せず、風に揺れる草木の音しか聞こえない。一体何処に行ってしまったのだろうかと困惑しながらいつもアイリスが座って裏庭を掛け回る猫の様子を眺めている場所へと歩を進めた。そして、そこに積み重ねられている小さな花々を見つけた。


「……これ」


 色とりどりの花がいくつも積み重ねられ、束ねられてはいないものの、花束がそこにあった。茎には歯で千切ったような跡が残っており、それがあの黒猫が行ったことであるということは明確だった。こうして花を置いていくということは、もうこの裏庭を出て行ったということが察せられる。
 アイリスは猫が残して行った花に触れ、そしてすぐに立ち上がった。もしかしたらまだ近くにいるかもしれない――そう思うと、自然と足は動いていた。
 既に傷は癒え、栄養のある食事を続けていた為、すっかりと猫は元気になっていた。このままずっと裏庭でアイリスが面倒を見なければならないということはなく、また、いつだって必ず餌を与えられるというわけでもない。もしかしたら、彼女自身、帰って来ることが出来なくなるかもしれないのだ。
 それでも、あの首の傷跡を思えば、このまま帰してもいいのだろうかと不安になったのだ。レオは飼い主が怪我を負わせたわけでなく、戦争に巻き込まれたのかもしれないとも言っていた。勿論、その可能性だってあるのだとアイリスも分かっている。けれど、もしそうでなかったとしたら、あの黒猫は自ら危険へと近付いているに他ならない。


「……ずっと面倒見られるわけではないけど……でも」


 酷く悲しげな横顔で猫に触れていたレオのことを思い出すと、どうしても放っておけなかったのだ。せっかく生まれて来たのに、自分自身の存在が周りを害しているのなら、これほど辛く苦しいことはないというレオの言葉を思い出す。それはとても寂しい言葉で、聞いていられなかった。
 レオは何処にも行かないと言ってくれた。アイリスはその言葉を信じたいし、レオは言葉通りに何処にも行かずにいてくれると思う。けれど、猫はそうではない。何も言わずに行ってしまった。それは仕方ないと思う反面、言葉が通じずとも、せめてもう一度その姿が見たかった。
 帰る場所がちゃんとあるのか、そこでは必要とされているのか、幸せなのか――それだけが気がかりだったのだ。レオの言葉があったからこそ余計にそう思え、アイリスは自然と早足になり、そのまま宿舎を飛び出していた。何処に行ったのだろうかと辺りを見渡しながら建物の隙間や路地を見ながら走り、曲がり角に差し掛かったところで向かい側から歩いていた人物とぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!余所見をしていて……」


 尻餅を付いていたアイリスは慌てて立ち上がり、同じく尻餅を付いていた男性に声を掛ける。裾の擦り切れた黒いローブを羽織り、被っているフードからは毛先が跳ねたくすんだ色の黒髪が見え隠れしていた。彼女が声を掛けると驚いたように肩を震わせ、顔を上げた彼は長めの前髪から覗く橙色の瞳をアイリスへと向けた。


「怪我はありませんか?すみません、前方不注意でした」
「いや……平気だ。……こっちこそ悪かったな。ところで、急いでるんじゃないのか?俺は平気だから用があるならもう行けよ」


 そう言いつつ立ち上がる男の手に赤い色を見つけ、アイリスは咄嗟にその手を取った。びくりと肩を震わせた男は「何だよ」と眉を寄せるも、彼女の視線は掌に滲む血に向けられていた。
 アイリスの視線の先に気付いたらしい男はそれを一瞥し、「別に大したことない。舐めときゃ治る」とぞんざいに言う。しかし、彼女としては仮にも軍人が一般人をどんな理由であれ、傷であれ、怪我をさせておいて放り出しておくわけにはいかなかった。回復魔法士であれば、尚の事である。
 普段であれば、この程度の擦り傷ならば回復魔法を使用することはなく、消毒液で手当てするものではある。だが、この場には消毒液もなく、傷を覆うガーゼなどもない。アイリスは杖を出すとそれを傷へと近づける。舐めておけば治ると彼は言ったものの、舐めて治すには大きすぎる傷であり、彼女は引っ込もうとする手をしっかりと握って回復魔法を掛けた。


「本当にすみませんでした」
「だから、別にこれぐらい何ともない。わざわざ治す必要もないぐらいの傷だろ」


 それを言われると、言い返せない。アイリスは下げていた頭を上げて言葉を濁していると、頭上からは呆れた溜息が振って来た。改めて男を見ると、自分よりも上背があるものの、妙に痩せていた。顔色もそれほど良くはなく、体調でも悪いのだろうかとついお節介だとは分かりつつも心配してしまう。
 アイリスの視線に気付いた男は訝しむように眉を寄せ、「何だよ」とぶっきらぼうに言う。慌てて視線を外し、彼女は何でもないと首を横に振った。


「それでは、わたしはこれで失礼します。すみませんでし、」


 最後にもう一度頭を下げようとしたところで、唐突に腕を掴まれる。何だろうかと恐る恐る顔を上げれば、橙の瞳がアイリスへと向けられていた。他にも何処かで怪我をしているのだろうかと思っていると、「お前、時間はあるのか?」と尋ねられる。夕方から王城警備ではあるものの、まだ少し余裕はある。だからこそ、猫を探そうと出て来たのだ。こくりと頷いて見せれば、男は暫し黙り込む。
 一体どうしたというのだろうかと眉根を下げていると、男はぼそりと「案内」と口にした。しかし、それだけでは男が言わんとしていることが分からない。首を傾げていると、男は恥ずかしげに顔を赤くしながら眦を吊り上げてアイリスを見遣る。


「だから、時間があるなら案内しろって言ってんだよ」
「案内……ですか?それは構いませんが、どちらまででしょう」
「……宿屋街。そこで連れが待ってんだけど、どこに宿屋街があるのか分かんねーんだよ」


 舌打ちし、決まりが悪そうに言う男にアイリスは微苦笑を浮かべる。要は、迷って迷ってこの辺りをぐるぐると回っているうちにアイリスとぶつかったということらしい。ならば、最初から誰かに道を尋ねればいいのではないかと思ったのだが、どうやらそれが顔に出てしまっていたらしく、「聞いた奴らがみんな適当な方向を言いやがるんだよ」と眉を寄せる。
 その言葉にアイリスは微苦笑を深めながら、「それではご案内します」と歩き出す。恐らく、彼が道を尋ねた者はちゃんと宿場街の方向を伝えたはずだ。しかし、彼の様子から察するに、どうやら方向感覚が随分と曖昧なものらしい。見た目とは一致しないそれにアイリスはこっそりと笑みを漏らした。


「おい、笑うな」
「すみません」
「……おい」
「何でしょう」
「……道案内を頼んでおいて俺が聞くのも何だけど、何であんなに急いでたんだ?」


 ぶつけられる唐突な質問にアイリスは僅かに視線を伏せた。しかし、隠すほどのことではなく、「面倒を見ていた猫がいなくなったからです」と口にした。決して飼っていたわけではなく、一時的に面倒を見ていただけのことだ。それもたった数日であり、飼い猫であるならば、傷が癒えて空腹が満たされ、体調が万全になったのならいつか飼い主のところに戻るだろうとは思っていた。
 けれど、それが本当にあの猫にとって幸せな場所なのだろうかとつい余計な不安を抱いてしまった。傷を見てからというもの、その不安は確かなものとなり、飼い主ではないにも関わらず、それと同じぐらいの気持ちになってしまっていた。


「……面倒を見てたってことは、お前が飼ってたわけじゃなねーんだろ?何でそこまで心配するんだよ。情でも移ったのか?」
「そうですね、それもあります。だから、帰る場所が本当にあるのかとか、そこにいることが幸せなのかとか、色々考えちゃって」


 ほんの数日だったけれど、とても楽しかったのだ。任務から戻って餌を持って行く、たったそれだけのことでもこの数日、とても楽しかったのだ。遅くなれば暴れるところも、傍にいてくれるところも、それら全てがとても楽しく、かけがえのない時間だった。疲れていてもまた明日も頑張ろうと思える癒しでもあった。
 けれど、それらが唐突に終わってしまった。仕方がないことだと思う、帰る場所があるならばその方がいいと思っているのも本当だ。だが、やはり心配もあるのだ。
 ただ、その心配は偏に猫のことだけを想ってのことではないという自覚もあった。どうにもあの猫を見ていると、レオの言っていたことを思い出してならないのだ。だからこそ、見過ごすことが余計に出来なくなってしまった。本来ならば、重ねるべきではないということぐらいは分かっているのだが、分かっていてもこればかりはどうしようもなかった。


「……それはお前の心配することじゃねーだろ」
「……」
「帰る場所があるから帰ったんだろ。それに、幸せかどうかなんて人それぞれだろ。傍から見たら不幸でも、そいつにとっては幸せなことだってあるんだ。何でも自分の定規で測って考えんな」


 そんなの、ただの偽善でしかねーよ。
 言葉を選ぶということすらしなかった彼の言葉は深くアイリスの心に突き刺さった。そんなのただの押しつけだと、言外に込められた言葉にアイリスは顔を歪めた。
 その通りだと思ったのだ。心配になって猫を探しても、それは猫が望んだことではなく、自分自身の為でしかないのだということには気付いていた。ただ、自分勝手にレオのことを重ねてしまっていただけだ。情が移ったことは嘘ではないが、それ以外は全て猫の為とは言っても、結局のところはただの偽善であり、押しつけだ。
 黙り込むアイリスに彼は言葉を探す素振りを見せ、そして溜息混じりに「……何か飼いたいなら、また猫でも犬でも拾えばいいだろ」と呟く。あれだけはっきりと先ほどは偽善だと言い切ったにも関わらず、今度はどこか気遣わしげに言うのがおかしく、彼女は苦笑を浮かべながら首を横に振った。


「いえ、飼うつもりはありません。……わたし、こう見えても軍人なんですよ。いつ死ぬことになるかも分かりませんから、そんな状態で飼えませんよ」
「つくづく真面目な奴だな。まあ、でも……心配ばっかするよりもちゃんと帰って行ったんだって送り出してやったらいいんじゃねーの?」
「……そうですね。帰る場所があるなら、その方がずっといいですから」


 確かに癒しではあった。けれど、本来あの猫がいるべき場所は違う場所だ。彼が言うように、帰るべき場所に帰って行ったのだから、その方がずっといい。今は面倒を見ることが出来ていても、後々どうなるかは分からないのだ。ならば、居付いてしまう前に元の場所に帰った方が猫の為にも余程いいだろう。
 幾分かすっきりとした表情になったアイリスを一瞥し、男は唐突に足を止めた。つられるように彼女も立ち止まると、「此処でいい」とぶっきらぼうに彼は言った。


「ですが、」
「いいっつの。この辺りまで来れば分かる」
「……本当ですか?」
「分かるって言ってんだろ。普段来ねーところだから迷っただけだ」


 じゃあな、足早に歩き出してしまった。ぞんざいに手を振る彼にアイリスは一体何だったのだろうかと思いつつ手を振り返し、そろそろ王城に向かわなくてはと彼女も踵を返して歩き出す。
 不思議な人物ではあったものの、彼の言うことは間違っていなかった。元々、アイリスが猫の面倒を見ていたのは怪我をしていたからだ。その怪我もすぐに癒し、餌を与えたお陰で体調もよくなった。ならば、後は家に帰るように促すべきだったのだ。そして、彼女が促さなかった代わりに猫は自分の意思で帰って行った。寂しさを抱いたとしても、本当に帰していいのかどうかということは考えるべきではないことだった。
 自分の目にはそれが不幸に映ったとしても、それは自分の定規で測った結果でしかない。本当に不幸かどうかは、本人にしか分からないのだ。傍からみたそれが不幸であったとしても、本人にとっては幸せなことかもしれない。ならば、その幸せを自分の目から見たら不幸だったからという理由だけで、奪ってしまうわけにはいかない。


「……あの子が幸せなら、それでいいか」


 ならば、後は自分に出来ることをするしかない。あの猫が少しでも幸せであるように、祈るしかないのだ。
 それにしても、あそこまではっきりと物を言われたことは久しぶりであり、それを思い出してアイリスは微苦笑を浮かべた。突き付けられた言葉に、心はじくりと痛みを訴える。けれど、決して間違った言葉ではなく、彼女自身もその通りだと思っているということもあって、痛みはゆっくりと和らいでいくだろう。
 自分の周りにいる人々は、誰もが優しい。きついことを言われることも殆どなく、まるでぬるま湯に浸かっているようにすら思えた。最初からそうだったわけではないものの、言葉がきつかったアベルやエルンストも今では慣れてしまったことを差し引いても、今となってはあのきつさは見る影もない。だからこそ、つい周りに甘えてしまっているのだとも再認識した。
 そういったことに改めて気付けたことは、彼のお陰だと彼女は足を止めて振り向いた。夕焼けに染まる街に、彼の背中は既に見えなくなっていた。この辺りの地理には詳しくはなく、宿場街に戻るということは旅行客だろうかと考えつつ、アイリスは王城に向かって歩き出した。

 
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