悪夢 - traitor -



 翌朝、アイリスは普段と変わらぬ時間に起床すると手早く身支度を整える。しかし、髪を結い上げても付けていた髪飾りは壊れてしまっている為、他に付けるものもない。かといって、レックスに髪飾りが壊されてしまったのだということはやはり言うことは出来ず、彼女は表情を曇らせながらも長い髪を手早く結い上げた。
 このような状況で不謹慎かもしれないが、今度休暇の日に同じ店に見に行くことを決めて時間を確認すれば、そろそろ宿舎を出なければならない時間でもあった。レックスとは昼頃に落ち合う約束をしてはいるものの、それまでにエルザにレオが移送され、行方知れずになっていることは伝えておくべきだと思ったのだ。
 身支度を整えたアイリスは改めて自身の格好を見直してなるべく音を立てないように注意しながら部屋を後にする。真夜中に戻って来た女性兵士らは遅番らしく今もぐっすりと眠っているのだ。宿舎の廊下を歩いていても、今日は全体的に静まり返っている印象だった。常日頃も騎士団の宿舎のように騒がしいわけではないものの、まるで夜が明けていないかのような静けさで物音を立ててはならないようにさえ思えて来る。そんな中、玄関から外に出ると纏わりつくような熱風ではなく、少し心地良い風が吹いていた。夏も終わりに近づきつつあるらしいことが感じられ、どうにか夏の終わりまでにはゲアハルトとレオの一件を片付けることが出来れば、とアイリスは視線を伏せながら考えていた。


「アイリス!」
「え、レックス……どうして此処に、昼まで門番じゃなかったの?」
「いいから、こっち来い」


 エルザの居室に向かおうと歩いていると、回廊の柱の影から自身を呼ぶ声がした。何だろうかとそちらを向けば、門番が付ける防具で全身武装したレックスが手招きしていた。本来ならば、この時間帯は城門の警備に就いているはずであり、だからこそ、昼に落ち合う予定だったのだ。
 どうして此処にと思いつつ、手招きされるがままに周囲を見渡しながら回廊の柱の影へと身を顰める。見るからに重く暑そうな装備だと改めて門番の防具を見ていると、「暑くて重くて最悪。こんなに重たいといざって時に走れないだろうな」と溜息混じりにレックスは言う。


「じゃなくて、そうじゃなくて。……すぐに伝えなきゃと思って抜けて来たんだよ」
「抜けて来たって大丈夫なの?」
「体調不良だーってふらふらしながら言ったから平気。またすぐ戻るけどな。それより、書類を調べて来たけど当たりだ。この二週間ほど、頻繁に出入りしてる大工がいた」
「大工?」


 手渡された紙には書類に記載されていた名前や住所、目的などを写した内容が書かれていた。出入りした日数や彼らが持ち込んだ資材についても書かれているが、アイリスが入城して以来、城の何処かに補修が必要な場所があるということは聞いたことはなかった。出入りしている人数からしても、決して小規模ではない事柄であることは明らかだった。だが、搬入されている資材はごく普通の木材や工具が中心であり、彼女は困惑した様子で首を傾げた。
 

「資材はいくらでも誤魔化せるからな。兎に角、床に穴が空いたとか壁が崩れたとかそういう話は一切聞かないのにこれだけの人数の大工が出入りしているのはおかしいだろ」
「うん……それに、この大工さんたち、南区の工場の人たちなんでしょ?城の補修をする専門の大工さんは北区にいるはずだけど」
「だからだよ。先に外の奴らに連絡入れて、この南区の大工の確認に行ってもらってる。もし、シリル殿下に雇われてる奴らなら当然口止めはされてるだろうから割るには時間が掛かるだろうけど、上手くいけばレオの居場所は数日中に分かるはずだ」


 あまり手柄なことはして欲しくはないものの、レオの行方を知る為には致し方ないことだとアイリスは複雑な心境ながら何とか割り切って考える。それはレックスも同様らしく、表情は決して明るくはない。だが、軍部にレオを担ぎ上げる動きがあり、キルスティも彼の命を一度狙ったことを考えると、何をしてでも見つけ出さないわけにはいかないのだ。


「それじゃあオレはそろそろ戻る。何か掴めたらまた教えるからアイリスはこのことをエルザ殿下にご報告してくれ」
「うん、分かった。レックスも気を付けてね」
「ああ。お前もな」


 ぽんとアイリスの頭に手を置くと、レックスは周囲を警戒しながら柱の影から出て足早に持ち場へと戻って行った。その背を見送り、彼女は手渡された紙を一瞥した後にそれをポケットに仕舞いこむと、今度こそエルザの居室に向かって歩き出した。相変わらず近衛兵団や警備兵はキルスティやシリルの元に集められているらしく、城内は閑散としていた。
 暫くの間はエルザに付きっきりで護衛した方がいいのではないだろうかと考えているうちに彼女の居室へと到着し、アイリスは息を吐き出して背筋を伸ばすと扉をノックした。しかし、いつもならばすぐに聞こえる凛とした誰何の声が聞こえず、彼女は首を傾げた。周囲を見渡すも、遠目に廊下に配置された警備兵が見えるだけでいかに警備が手薄かが分かると、途端に脳裏に嫌な予感が過った。
 扉の向こうの最悪の光景を予感したアイリスは「エルザ様!アイリスですっ失礼致します!」と早口で声を掛けると、扉を開けようとドアノブに手を掛けた。しかし、それを回すよりも先にがちゃりと扉が開き、開いた隙間からはエルザの驚いた表情が伺えた。どうしたの、とばかりの表情に脳裏を過った予感は杞憂に終わったのだと安堵する反面、いつもならばすぐに返事をする彼女が時間を要した理由は何だったのだろうかと考えつつ、招かれるままに居室へと足を踏み入れた。


「ごめんなさいね。ちょっと客人が来ていたの」
「客人、ですか?」
「アイリスもよく知ってるわ」


 そう言ってエルザはバルコニーの傍にまとめられている分厚い深紅のカーテンへと近付き、そこに腕を差し入れて「ほら、出て来なさい」と声を掛ける。その様子を見守っていたアイリスは、エルザに引っ張られるようにしてカーテンの中から姿を現したその人物を見るなり、思わず大声で名前を呼びそうになり、慌てて口を抑えた。


「あの、エルンストさんがどうして此処に……」
「私の警護が手薄になってると聞いて、夜中にわざわざ来てくれたのよ。それに貴女からの報告も聞きたかったらしいわ。最初はわざわざハンナの名義を使って手紙でやりとりしていたのに、結局こうして侵入して来るんだもの」


 だったら最初から回りくどいことをしなければよかったのに、と溜息を吐きつつもエルザは「けれど、こうして侵入されるなんて本当に警備が穴だらけみたいね」と困り果てたように溜息を吐く。その他人事のような口振りにアイリスは眉を下げつつ、やっぱり暫くは付きっきりで警護するべきだろうと思っていると、エルザの指摘に眉を寄せたエルンストが口を開いた。眠っていないのか、その顔色は悪く、とても見ていられるものではなく、アイリスはますます眉を下げた。


「別に無駄じゃないでしょ。さすがに最初はここまで警備も穴だらけじゃなかったんだから。それよりもアイリスちゃん、」


 話を聞かせてくれるかな、というエルンストの言葉を遮るように居室の扉がノックされた。びくりと肩を震わせ、三人は一様に扉を一瞥するも、すぐにエルンストの身を隠さなければということで頭がいっぱいになる。近衛兵団の軍服を着てはいるものの、エルザの居室を尋ねるような者からすれば、エルンストの顔を見ればすぐに正体が知れてしまう。
 だからこそ、先ほども彼の身を隠す為にエルザはすぐに返事が出来なかったのだということが分かった。とにかく、先ほどと同じようにエルンストの身をカーテンの隙間に隠そうとアイリスは彼の背を押してバルコニーに近付こうとするも、それよりも先に二人はエルザに手を掴まれた。
 そして、そのまま押し込むようにして居室の更に奥にある寝室へと放り込まれ、「暫く此処に隠れてちょうだい」とだけ言うと、エルザはすぐに扉を閉めてしまった。そして、耳を欹てると居室を訪れた者の声が聞こえて来た。どうやら、以前に一度、顔を合わせたことのあるエルザに仕えている文官の男が訪れたらしい。


「……多分、来週の公務のことだろうね」
「ご存じだったんですか?エルザ様のご公務のこと」
「レックスから聞いた。……昨日、報告があったからね」
「……そうですか」


 ずるずると壁に凭れてその場に座り込むエルンストの隣に腰を下ろしたアイリスは何とも言えない表情でそれだけを口にした。レックスにはキルスティとの一件のことは誰にも言わないで欲しいと口止めしたが、彼がエルンストに対して内密にするとは思えなくもあった。何より、あの一件のことを知っているのはレックスだけではなく、エルザも知っているのだ。それを思うと、どちらかが――もしくは、どちらもが、何があったかを全て話してしまった可能性は極めて高かった。
 エルンストも何も言わないものの、恐らくは既に聞いているのだろう。それは軍帽に隠されながらも、纏っている雰囲気の険しさから伺えた。疲れているはずなのに休もうとしないのも、その所為だろうかと考えていると不意に手が伸ばされ、少し冷たい指先が頬に触れた。


「痛いところはもうないの?」


 その一言で、やはり彼は何があったのかを知っているのだということが分かった。それでも、敢えてそれ以上のことを言わないのは、エルンストの優しさなのだろう。それを思うと、有り難くもあり、酷く心配を掛けてしまったのだということが申し訳なくもあった。
 アイリスは頬に触れる冷たい指先に触れ、大丈夫ですと頷いた。しっかりと休んだこともあり、気分の悪さも殆どなくなり、痛みを感じることもなくなった。明日にはいつも通りに動くことも出来るはずだと言うと、エルンストは小さく頷いた。そして細く長い溜息を吐き出すと、何の前触れもなく彼はアイリスの肩を掴むと自身の方へと引き寄せた。


「あ、あの、エルンストさん?」
「ちょっとだけ。……ちょっとだけ、こうさせて」


 すぐ傍で聞こえるくぐもった声にアイリスは身を強張らせるも、怖くない怖くないとばかりに背を緩く叩かれるうちに身体からは力が抜けた。いつしか肩を掴んでいた手は離れ、それは緩く背中に回されていた。肩口にはエルンストの顔が押し付けられ、彼がどのような表情をしているのかを知ることは出来ず、アイリスはされるがままになりながらも手を伸ばして彼が被っている軍帽を取り払った。
 それを床に置き、アイリスは以前よりも痩せてしまったように思えるエルンストの背に触れて顔を歪めた。まともに休んでいないことは明らかであり、そんな中、恐らくは寝ずにエルザの護衛をしていたのだろう。このままではいつか倒れてしまうのではないかとさえ思え、アイリスは堪らず「ちゃんと休んでください」と口を開いた。


「平気だよ、これぐらい」
「どこかですか。……前よりまた痩せてます、顔色だって悪いです。心配なんです、エルンストさんが倒れちゃうんじゃないかって」


 だから、ちゃんと休んで欲しいのだと、その一心で口にしたアイリスの肩に顔を押し付けていたエルンストは、その言葉を耳にするなり、ぴくりと肩を震わせた。それに気付いた彼女はどうしたのだろうかと視線を動かして彼の様子を伺っていると、エルンストはゆっくりとアイリスから身体を離した。
 そして、顔を上げたエルンストの深い青の瞳が真っ直ぐに向けられ、アイリスはそこに寂しさのようなものを見つけた。彼らしくもなく、微かに揺れたその目を見ていると、「それはさ、」と徐にエルンストは言葉を発した。


「俺が倒れると、司令官やレオを助けられないかもしれないから?」
「え?」
「それとも、本当にただ、俺が倒れそうで心配してくれてるの?」


 思いもしない質問に目を瞠っていると、エルンストはアイリスの言葉を待たずに「ごめん、何でもない。やっぱり疲れてるみたいだ」と彼は発言を取り消した。何言ってるんだろうね、と自嘲するような笑みさえ浮かべたエルンストを前にして、アイリスは戸惑うばかりだった。
 しかし、顔色の悪さは相変わらずであり、休む気になっている今のうちに休ませなければとアイリスはエルンストの腕を掴むと、先ほど自身がされたように力いっぱい自分自身の方へと引っ張った。余程身体は疲れているらしく、いつもならびくともしないはずのエルンストの身体も今は容易く体勢を崩し、彼女の方へと倒れ込んで来た。
 そのままアイリスはエルンストの頭を半ば強引に自身の膝の上に置くと、「楽な姿勢になってください」と声を掛ける。思いもしなかった展開らしく、彼はきょとんとした様子で目を瞬かせた。そんなエルンストに対してアイリスは再度、体勢を整えるように言うと、彼はもぞもぞと言われるがままに身体を動かした。


「エルンストさんが倒れたら、心配になるのは当たり前です。そのことに司令官もレオも関係ないです」
「……アイリスちゃん」
「いつも無茶ばっかりするから、すごく心配してるんですよ」
「それはお互い様だよ」
「う……で、でも、今はエルンストさんの顔色の方が悪くて心配です。だから、少し寝てください」


 心配を掛けているという自覚がある手前、それを指摘されると返す言葉が見つからない。しかし、今はエルンストを休ませることが先決であり、アイリスは早口になりながらそこまで言い切ると、膝の上から眉を下げて笑う彼に視線を落とした。先ほどまでの自嘲気味の笑みが消えたことに内心安堵しつつ、顔に掛かっている黒髪を払うとアイリスはそっと彼の目元を手で覆った。
 休んでください、と改めて声を掛けると、エルンストは口元に僅かな笑みを浮かべて「そうだね。そうしようかな」とゆっくりと身体から力を抜いていった。程なくして膝に掛かる重みが増し、彼が眠りに落ちたことが伺えた。目元を覆っていた手を退かすと、僅かに幼さの残る寝顔が露になり、アイリスは口元を緩めた。






  
 それから暫しの後、エルザが話を終えて寝室の扉をノックするまでエルンストは眠りに落ち、ぴくりとさえ動くことがなかった。こんこん、と扉を叩く音と同時にぱちりと目を開けた彼にアイリスがぎょっとした表情を浮かべると、それを見ていたエルンストは可笑しそうに笑った。その表情は先ほどまでとは違い、いつもの彼らしい笑みだったことに彼女はほっとした。


「驚き過ぎ」
「だっていきなり目が開くから……」


 誰だって驚くはずだと僅かに眉を寄せていると、その皺を解すように寝転がったままのエルンストの伸ばした手がそこに触れた。ぐいぐいと力強く指先で撫でられ、アイリスがうっと首を引っ込めると彼はますます可笑しそうに笑いながら「ちょっと楽になったよ」とエルンストは身体を起こした。
 膝から離れた温かさにどこか寂しさにも似たものを感じつつ、服装を正したエルンストは軍帽を拾うと「ごめん、寝てた」と言いつつ、寝室の扉を開けた。恐らくはそうだろうと思っていたらしく、扉の向こうにいたエルザも特に咎めることはなく、お茶の用意をしたから皆で飲みましょうと座り込んだままだったアイリスを手招きした。


「――という公務なの。場所は王立美術館。午前中から昼にかけて行われるわ」


 来週に迫ったシリルの代理としてエルザが出席することになっている公務は中央広場近くに在る王立美術館の開館百周年記念の式典だ。元々、半年ほど前から式典参加は決まっており、芸術に関心があった彼は勿論参加するつもりで予定も調整されていたのだという。しかし、ホラーツが崩御し、第一王子ではなく次期国王となり、予定が合わなくなった――ということを王立美術館側には伝えられている。
 実際には、キルスティがシリルの式典出席に反対した為であるが、そのようなことを伝えられるはずもなく、かといって王族の誰も参加しないわけにはいかず、エルザに回って来たというわけだ。その上、公務を押し付けておきながら護衛の為の兵士を与えないのだからキルスティのやることは無茶苦茶であり、詳細を聞いたアイリスもエルンストも顔を顰めていた。


「とりあえず、エルザの公務の件は昨夜のうちに聞いてるから騎士団を護衛に回せるように手筈を整えてる。当日は俺も護衛に混ざり込むから、護衛のことは安心してくれていいよ」
「でも、騎士団を回すなんてことをして平気なの?ルヴェルチ卿が許すかしら……ああ、でも私から騎士団に依頼、という形を取ればいいわね」


 後で話を通しておくわ、とエルザは一つ頷く。その公務にはアイリスも護衛として付き添うものの、やはり他にも人手があった方が心強い。それがよく知った騎士団の者となると、心底からほっとした。思っていた以上に近衛兵団に留まることになっていることもあり、騎士団の面々と顔を合わせるのは久しぶりのことである。城の外に出ることすら久しく、それを思うと公務に同行出来ることが有り難くもあった。
 とは言っても、依然として状況は変わらない。ゲアハルトは幽閉されたままであり、レオに至っては移送先も分からない状況だ。手掛かりは得てはいるものの、そこから何処まで辿り着けるかは知れない。とにかく、まずはこのことについて報告しなければとアイリスは公務の一件を一先ずは打ち合わせを終えたところで「レオのことですが、」と話を切り出した。


「それなら、私が今からシリルを問い質して、」
「そんなことをしても口を割るような奴じゃないでしょ、あいつは。それより、エルザが最後にレオを見たのはいつ?」
「夕方よ。シリルの報告する前に地下牢に立ち寄ったのよ。だけど、あの子が暫く一人にして欲しいと言うからそれっきり……」
「だったら移送したのはその日の夜から明け方までの間。その間は今みたいに警備が手薄になっていたわけではないから移送しているところを見た兵士だっているはずだ」


 レックスの報告を待つ間にそっちの洗い出しもしてしまおうか、とエルンストは口にした。そして、視線をアイリスに向けると「警備兵の詰所に行ってその日の警備配置を確認してくれるかな」と言う。格好こそ彼は近衛兵ではあるものの、見る者が見れば、正体はすぐに分かってしまう。城の中を動き回るぐらいであれば軍帽を目深に被れば平気だろうが、実際に会話をして情報を聞き出すとなると話は別だ。
 アイリスは分かりましたと頷くと、この後すぐに詰所に向かうことにする。何か手掛かりを得ることが出来ればいいが、と思っているうちに話は進み、エルンストはそろそろ騎士団の宿舎に戻ると席を立った。さすがにこれ以上、医務室を空けることは出来ないのだろう。


「あまりご無理はなさらないでくださいね、エルンストさん。顔色が最悪です」
「分かってるよ。それじゃあ、二人とも気を付けてね」
「貴方もね。来てくれてありがとう、エルンスト」


 普通ならば扉に向かうはずのところ、エルンストはバルコニーへと歩み寄った。そして、カーテンの隙間に隠していたロープを取り出すと、昨夜のレックスと同じようにロープを使って軽々と地上へと下りて行った。バルコニーに近付いてそこから身を乗り出せば、括りつけているロープを外すようにというジェスチャーをする彼が見え、アイリスは手早く括りつけられていたロープを外した。
 するすると手の中から抜けていくそれを見送り、アイリスは改めて身を乗り出せばロープを回収したエルンストは軽く手を上げて地上に広がる庭園の中に身を隠した。幼い頃から城には出入りしていたと以前、彼は言っていた。恐らくはエルンストしか知らない抜け道のようなものがあるのだろう。すぐに姿は見えなくなったが、アイリスはなかなかその場から離れることが出来なかった。


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