開戦 - struggler -



「報告します!敵兵、再び収容施設に撤退、籠城の構えを見せています」


 本陣に報告に来た兵士は困惑した表情を浮かべながら最前線で今現在起きていることを報告する。先ほどから出てきては戻り、戻っては出てくるということばかりを帝国軍の捕虜収容施設にいる帝国兵らは繰り返していた。最初のうちは、出撃したはいいものの、圧倒的な兵力差を目の当たりにして籠城に切り換えたのだと思っていた。
 しかし、時間を置いて暫しの後、また施設から飛び出して来たのだ。かと言って、劣勢に立つとすぐに施設に戻り、再び籠城の構えを見せる。一体何がしたいのかと報告を聞いたレオは溜息を吐く。時間を稼いでいるのだろうかとも考えるが、だとすれば籠城だけに絞った方がいい。その方が余計な犠牲を出さずに済むはずだ。それとも此方を困惑させ、翻弄することが目的なのか――その可能性ならば有り得るかもしれないが、それでもやはり、物量で攻められれば一溜まりもないのは帝国軍だ。


「こっちから仕掛けるにしても狭い施設内での混戦は避けたいけど、かと言って籠城に付き合ってもいられない。というか、出たり入ったりこいつらは何がしたいんだ?指揮官は何を狙ってるんだよ」


 相手の思考が読み切れない。レオは溜息混じりに頭を掻くと、「アベルはどう思う?」と隣で報告を聞いていたアベルに話を振る。何か知っているのではないか、分かるのではないかと彼に内心期待するものの、分かっているのならアベルがさっさとそれを口にしないわけがないのだ。彼はこのような回りくどいことは好きではない。だが、半ばレオの予想通り、アベルは首を横に振った。「意味が分からない動きをしてるとしか言い様が無いよね」と溜息を吐く。 


「指揮官がいるのにこんな動き……いや……」


 言葉を途中で切り、アベルは考え込むように口を閉ざす。どうしたのかとレオは彼を振り向くも、顔を顰めて考え込んでいるアベルに声を掛けることは憚られた。以前、色々と話しかけて怒らせたことが何度かあるのだ。懐かしいなとその頃のことを思い返しながらも、レオもどういう指示を出すかを思案する。このまま相手に合わせているわけにもいかない。迅速に制圧を完了し、王都に戻らなければならないのだ。
 そうして暫しの後、此方から仕掛けるかと考えをレオがまとめた頃、「此処で考えてたって仕方ないよね」とぼそりと呟かれた言葉がに耳に届いた。振り向くと、顔を上げたアベルと視線が合う。隻眼となってもいざという時に見せるその目の強さは変わってはいない――レオはそのことに安堵しつつ「何か閃いたのか?」と声を掛けた。


「閃いたも何もないよ。ただ、指揮官がいるかどうか、いるとすればそれが誰かによって取るべき対応は変わるから、まずはそれを知るのが先決だってだけ」
「そりゃそうだな」
「本当に分かってるの?……まあ、いいや。僕が知らされてた当初の予定通りなら、……此処には、僕が配置されるはずだった。でも、僕が抜けたから代わりの指揮官がいるはずなんだ」
「心当たりはあるのか?」
「あくまで消去法だけど、僕の予想だとブルーノ……それか、カインが就くと思ってた。でも、ブルーノは僕がこっちに来てる間に入った奴だからあいつの詳しいことは僕も知らない。……でも、どっちかがいたとしてもさすがにこれはないと思う」


 鴉に入隊する時点である程度、指揮官としての素養を叩き込まれるのだとアベルは言う。とは言っても、素養を叩き込まれたら誰でもすぐに指揮官として機能するかと言われればそういうわけでもない。要は経験なのだ。そして、アベルはブルーノにその経験があるかどうかは分からないため、指揮官としてはどれほどの力があるのかは分からない。
 しかし、今まさに起きている状況からすると、指揮官がいるとすればあまりにも無能な人間だとしか思えない。出撃しては撤退する帝国兵らの動きは近付いて来たから蹴散らしてすぐに引っ込んでいるようなもので、いつまでも保つものではない。当然、アベルにしてみればそのような指揮をカインが執っているとは思えず、ブルーノが執っているとも思えない。彼らはこのような意味のないことをしない、必ず頭を潰しに掛かる――レオを殺しに来るはずなのだ。けれど、一向にそういった気配はなく、そのことが更にレオとアベルを困惑させてもいた。


「……指揮官、いないっていうのも考えられるんじゃないか?」
「それは考えられるけど……でも、この収容施設を使うことはずっと前から決まってて半年前から仕込んでたんだ。それを放棄するなんて……いや、僕が裏切ったからかもしれないけど……でも……」


 そう簡単に放棄するはずがない、とアベルは納得のいかない様子だった。つまり、それだけ重要視され、ベルンシュタイン攻略の要としていたのかもしれない。しかし、レオからしてみればアベルが裏切ったことは収容施設を放棄する十分な理由に成り得ると感じられた。もしくは、放棄とまではいかずとも、鴉の誰かを指揮官として宛がえる余裕が向こうになくなったのではないかとも考えることは出来る。
 しかし、結局のところ、考えたところで答えは出ないのだ。彼らのことを知る者は誰もいない。アベルでさえも、此方に寝返った以上、彼が出奔するまでの情報しか知らない。アベルが出奔してからどのような状況に変わり、彼らが今現在どうしているのかということを知ることは出来ないのだ。
 ここで考えていてもどうすることも出来ないのだ。ただ一つ確実に言えることは、迅速に制圧を完了させることであり、そのことを大前提として考えると、指揮官がいない方が余程手っ取り早いのだ。レオとしても出来る限り、被害を受けずに制圧を完了したいところであり、それが早く済めば済むだけいいのだ。


「お前が気にする気持ちも分かるけど、最優先事項は施設の制圧だからな。忘れるなよ」
「分かってるよ、そんなこと。……というか、制圧するって言ってもこっちが被害を受けない方法なんて殆どないよ。何処かで妥協しないと」


 アベルの言っていることは尤もだ。被害を受けずに制圧するなど、収容施設の帝国兵らが降伏しない限りは有り得ないのだ。しかし、彼らに降伏を促すような余裕もない。無論、レオとしても降伏してくれた方が余程いいとは思ってはいるのだが、降伏を受け入れたところでまた帝国兵らが反攻しないとは言えない。
 だからこそ、彼らが反攻している今、叩き潰さなければならない。後顧の憂いは立たなければならないのだとレオは自分自身に言い聞かせるも、頭の何処かで嫌な立場だなとぼやく自分もいた。今まで多くの帝国兵を剣で斬って来た自分がとやかく言えたことではないということは分かっている。自分が然程綺麗な人間ではないということも自覚しているのだ。それでも、殺せと命令することに何も感じないなんてことはなかった。


「……施設には爆破の仕掛けがあったよな」
「あったけど……でも、爆破の仕掛けはとっくに解除されてる。カインが少し前に解除する為の任務に就いてたから」
「まあ、そうだよな。だったらもう一度、今度は倍の量を仕掛けるだけだ」


 敵兵を迅速に制圧し、尚且つ、自軍の被害を最小限に留める方法――レオが至った結論は爆破だった。方法としては穏やかとは言えないものの、少なくとも今後南方に注意を払う必要はなくなる。内から攻めて来られる可能性も限りなく低くなるのだ。これ以上の選択肢はないのだとレオは努めて冷静に言い放つ。
 多くの兵士の命を、否、周辺に住まう国民の命を預かる者として、この判断は間違ってはいないはずだとレオは思う。それでも、少なからず心は痛む。敵兵の命を奪うことに対し、痛みはあっても躊躇いはないし、後悔もない。嘆くこともない。そのようなことをする資格もないと思っている。それでも、いつもよりも胸が痛むのはそれを自分の手で行うのではなく、兵士に指示を出すことしかしないからかもしれない。
 レオは遠くの最前線へと視線を向けながら、随分と遠くに来てしまったのだと改めて実感する。もう、最前線に立つことはないのかもしれない。亡くなった先代――実父も前線には立てども最前線に出ていくことは控えていたという。当たり前のことだ。自分は死ぬわけにはいかないのだ。そして、そんな自分自身を守る為に兵を割くわけにもいかない。だからこそ、後方にいるべきなのだとも思う。けれど、やはり歯痒くはあった。


「……なあ、アベル」
「何」
「……オレのこの判断を聞いたら、司令官はどう思うだろう」


 元々、捕虜を法に則って収容施設に連れ帰り、捕虜として適切に対処して牢に入れたのはゲアハルトだ。今にして思えば、それは彼がヒッツェルブルグ帝国の皇子であったが為の捨て切れない甘さだったのかもしれない。無論、法に則った行為であるため、問題があったわけではない。それでも、そこに本来であれば自分が守るべき存在の国民だという認識がなかったとは言い切れない。とは言っても、彼がそのような甘い人間ではないということもレオは知っている。それでも、自分がこうして施設を制圧する為に爆破を指示することを知った時、ゲアハルトはどう思うのか――それを考えると、自分の判断は間違っていないと思ってはいても、揺らがないと言えば嘘になる。


「……適切な判断だと、思うんじゃない」
「……」
「今更だよ、何もかも。殺されたから殺して、殺したから殺されて……それと同じ、堂々巡りだよ。考えたってどうしようもないし、考えるべきことでもない」
「……」
「それに、司令官が此処にいたとしてもきっと同じ判断をする。いや、昨日の夜のうちに爆薬を仕掛けさせて夜明けと共に爆破、それから残党狩り……これぐらいはやるね。あんたは時間が掛かり過ぎ」


 溜息混じりにアベルは早口に言う。呆れたと言わんばかりの様子ではあるが、ちらちらと向けて来る視線は気遣わしげだった。何だかんだ言いながらもアベルは優しいのだ。だからこそ、つい頼ってしまいそうになる。甘えてしまいそうになる。これでは駄目だと思いつつも、最後の最後にこうして聞いてしまうのだ。
 我ながら情けないとレオは思う。それと同時にアベルが今、隣にいてくれてよかったとも思う。明け透けもなく思ったことを口にするアベルだからこそ、聞けることは多い。間違っていたら間違っているとはっきり言ってくれる。それこそ、此方が傷つくことなど知らないとばかりに罵声を浴びせ掛けて来ることもある。それが心地よいわけではないが、下手に気遣ってやんわりと声を掛けられ、遠まわしに物事を言われるよりも余程すっきりすることは確かだ。


「しっかりしてよね、あんたが指揮を執るんだから」
「……分かってる」
「どうだか。心配ついでに爆薬の準備は日暮と同時に僕がやって来てあげる、いくつか小隊を借りるけどいいよね」
「ああ。アベルが仕掛けてくれるなら安心だよ、オレも」
「……当然。僕はこういうの得意だからね。……だからさ、大船で乗ったつもりでいなよ。それで安心して、その情けない顔をどうにかしてよね」


 他の人に見せられない顔してるよ、とアベルはそれだけ言うと、早速用意に取り掛かるべく本陣を後にした。それを見送り、レオは深々と溜息を吐く。アベルの言う通りだった。自分の表情一つで、発言一つで士気にそのまま影響するのだ。大丈夫ではなくても大丈夫な振りをしなければならないのだ。そうでなければ、周囲に不安が伝播してしまう。
 レオは深呼吸を幾度か繰り返すと、勢いよく両手で自身の頬を叩いた。乾いた音が響き、それと同時にじんじんと頬と掌が痛む。思いっきり叩いて気合を入れ直すつもりが、あまりの痛さに思わずしゃがみ込みそうになる。しかし、それに何とか耐えながら、レオは自分自身を落ちつかせるようにゆっくりと呼吸を繰り返す。
 これまで何人もの人間を手に掛けて来た。戦争だから仕方がないと言えばそれまでだが、それで済ますつもりもレオにはなかった。手に掛けた人間の為に自分が出来ることは多くはない。寧ろ少ないだろう。供養するにしても、顔も名前も覚えてはいない。人数だって分からない。無我夢中で目の前の敵を斬り殺して来たのだ。そしてこれからは、より多くの人間を殺すことになるのだろう。今までのように自分自身の手ではなく、たった一言の命令によって。
 自分はその覚悟をしなければならない。その覚悟なしに命令するわけにはいかないのだ――全てを背負って生き抜き、そして、この国を守らなければならない。重圧は感じる。自分に出来るのだろうかと不安な思いも沸々と湧き上がる。けれど、レオはそんな自分自身を受け入れる。重圧も不安も、感じないわけがないのだと。だからこそ、周りに支えてくれる者がいるのだと、自分に言い聞かせる。


「……アベルに任せっぱなしにするわけにもいかないな」


 最前線に立つことは出来ない。実際に爆薬の設置をすることは出来ないが、それまでの準備を手伝うことは出来る。収容施設は大きいのだ。なるべく見つからずに確実に爆薬を設置するには小隊の編成にも気を配り、その間、帝国兵らの注意を引くものも必要となる。どれだけの爆薬をどの場所に設置するのかも再検討した方がいいだろう。やることは多く、時間は限られている。
 ずっと下を向いているわけにはいかない――レオは顔を上げると、指示を出しているであろうアベルの元へと急いだ。その表情は先ほどまでの迷いが消え、幾分も落ち着いた表情へと変わっていた。




 
 




 森の中を只管、北上する。北に進めば進むほど、冷え込みはきつくなっていく。マフラーに顎を埋めながらレックスはすっかりと見慣れた暗い黒々とした周囲の景色を見渡す。葉を全て落とした木々の枝は絡み合いながら頭上を覆い、昼だというのに薄暗い。森の空気はひっそりとし、自分たちの他に生きているものの存在を感じさせないそこは、まるで死の森のようだった。
 ベルンシュタインとはまるで違う雰囲気に当初は戸惑ってはいたものの、今ではすっかりと慣れてしまった。嫌な慣れだなと感じながらも、レックスは懐から取り出した時計に視線を向ける。そろそろ仮眠を取る頃合だった。時間帯としてはまだ午前中であり、これから活動的になる時間帯ではあるのだが、出立してからというもの昼夜が逆転しているレックスらにしてみればこの時間帯が身体を休める時間でもあった。


「そろそろ休もう。今どの辺りか分かるか?」
「あー……っと、地図通りならこの辺りのはずだ。此処からなら……この街が近いな」
「でも昨日みたいに街が蛻の殻とは限らないんじゃねえの?」


 それぞれ馬を下りると、地図を囲んでこれからどうするかを口々に言い始める。街に行って様子を窺った方がいいのではないか、近付かずにこのまま森の中にいるべきではないのか、と様々な意見が出るが、彼らの視線は最終的にレックスに集まった。どうするべきかの指示を待っているのだろう。レックスはもう一度地図に視線を向け、現在地と帝都アイレンベルグの距離を確認する。
 あと二日もすれば、帝都に到着することだろう。とは言っても、それはあくまで最短距離で人目も憚らずに帝都に向かった場合の話だ。当然、帝都に近付くにつれて警備は厳しくなり、森の中を行こうにも肝心の森が帝都の周辺まで続いてはいないのだ。しかし、先遣隊である自分たちは何が何でも本隊よりも先に帝都に到着せねばならない。帝都に着いてからが本番なのだ。そうなると、自然と選択肢は限られて来る。考え得る選択肢を上げて意見を聞くかとレックスは顔を上げ、口を開く。しかし、選択肢を言おうとした矢先、「……何か聞こえないか?」と僅かに眉を寄せた仲間の声がそれを遮った。


「何か聞こえるか?」
「……音が……何だ、これ……」
「しっ」


 鋭く黙るようにと口元に人差し指を立て、レックスはすぐに地面に耳を寄せた。それに倣い、周囲の仲間もすぐに地面にしゃがみ込んで同じく耳を地面に寄せ、耳を澄ませる。しんと静まり返った森の中、微かに遠く馬の嘶きや幾重にも重なって聞こえる蹄の音が聞こえて来る。すぐに身体を起こしたレックスは地図を引き寄せて現在地の周囲を確認する。
 地図に目を走らせると、自分たちが進んでいる森を出た東側に行軍可能な大きな道があるということに気付く。「これ、俺たちとは反対方向に進んでるな。……帝国軍か」と未だに耳を地面に寄せていた仲間の一言に誰もが眉を寄せた。今も尚、蹄の音は聞こえている。一体どれだけの人数が本隊を迎撃する為に動いているのかは森の中からは分からない。


「確認した方がいいんじゃないか?」
「いや、迂闊に近付かない方がいいと思うが……」


 どうする、と視線がレックスへと集まる。地図から顔を上げた彼は暫し思案するように黙り込んだ後、「確認は控えた方がいい」と結論を出す。無論、こうして行軍していることが分かっている以上、その規模を確認して早急に本隊に知らせるべきだとは思う。本来ならば、それが正しい判断なのだ。
 だが、迂闊に近付けば見つかりかねないのだ。今は森の奥深くに潜んでいるから見つかっていないだけで帝国軍を視認出来る距離まで近付くということは、向こうにも気付かれる可能性はあるのだ。そして、何より、得られた情報を本隊に知らせる方法がないのだ。夜間であれば鳥を飛ばせても気付かれることはないだろう。しかし、野鳥さえも見かけない帝国の地で昼間に、それもこの頃合で鳥を飛ばせることは先行している部隊があるということを敵に知らせるようなものだ。


「気にはなるけど迂闊はことは控えるべきだ。オレたちの任務は索敵ではなく、帝都に辿り着いてからが本番なんだ」
「ま、そうだよな。蹄の音で確認出来た程度の敵兵ぐらい本隊なら蹴散らせるだろ」
「というか、それぐらい蹴散らせなきゃ帝国本隊に殴り込みなんて出来ないっつの」


 口々に軽口を叩くも、それらは自分自身に言い聞かせているような響きも籠っていた。この場にいる誰もが不安を感じている。それはレックスとて同様だ。それでも、誰も弱音を吐かずにいるのは偏に覚悟が出来ているからだ。前に進む、帝都に辿り着く。そして、きっと追い付いて来る本隊の為に作戦を遂行する――それだけが彼らの目的なのだ。そのためだけにこの場にいる。


「兎に角、もう少し奥まで行って休もうぜ。俺たちも眠たいし、馬も休ませてやらないと」
「賛成。何か丁度いい洞穴とかねーかな、寒い」
「洞穴はなくね?近くに山も崖もねーし」
「焚き火してー」
「火は目立つから我慢しろ」


 溜息混じりにレックスは言いつつも、身を切るような寒さには辟易する。それでも、見つかるわけにはいかないのだ。口々に文句を言う仲間たちもそのことは分かっている。だからこそ、無理強いをすることもなければ、勝手なこともしない。共に来てくれたのが彼らでよかったと思いつつも、出来ることならちゃんと身体を休めるところに行ければと進路を選んでいるレックスは申し訳なく思う。
 そんな彼に気付いたのか、「なーに暗い顔してんだよ、レックス」と仲間の一人が明るい声を掛けて来る。顔には出さないように気を付けていたものん、どうやら暗い顔をしてしたらしい。すぐに取り繕って何でもないとレックスは言うものの、入隊してからずっと付き合いが続いている仲間たちにはすぐに見抜かれてしまうらしく、彼らは顔を見合わせると溜息を吐いた。


「別に寒さなんて平気平気」
「そうそう、こいつの脂肪分厚いし。つーか、お前はちょっと痩せろ。てか、何で痩せねーんだよ、動き回ってんのに」
「身体を寄せあえば寒さなんて気にならないって」
「男同士でっていうのがちょっとな……」
「お前、それは言わない約束だろ」


 先を歩いていた仲間も戻り、全員で集まりながらああだこうだと軽口を叩く。そんな些細なことで心は軽くなる、温かくなる。周囲を見渡せば、見慣れた顔ばかりであり、誰もが疲れながらもそれでも明るい顔で前を向いている。そんな表情を見ていると、暗くなどなってはいられなかった。
 生きて帰れる可能性は決して高いとは言えない。それでも、出来ることなら誰も欠けずに共に帰りたいと強く思う。それがどれだけ困難なことかも分かっている。けれど、いつも共に戦ってきた仲間を失いたくはなかった。そのことを改めて実感しつつ、手綱を強く握り締めた。



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