「それじゃあレオの誕生日を祝して、」


 かんぱーい、という低い声が重なり合って、それと同時に食堂から拝借してきたジョッキがぶつかり合う音がする。季節は過ぎて春になり、少しずつ朝晩の冷え込みもなくなってきた頃、レオは誕生日を迎えた。が、当日は作戦行動があったりと色々と任務が重なって祝うのが今日になってしまった。今日は何とか宿舎の同室の奴らも夜間任務が重なることもなかったから、今日祝おうということになったのだ。
 とは言っても、レオの誕生日を祝ったのは最初の数分だけ。後はもう持ち寄った酒やつまみを飲み食いする方に意識がいってる。言ってしまえば、レオの誕生日にかこつけて酒を楽しんでるような状況になってしまってる。まあ、予想は出来ていたことではあるけど。


「いっぱい食って飲めよ、今日はお前の誕生日祝いなんだから」
「いや、これ絶対、オレの誕生日かこつけて飲み食いしてるだけだろ!」
「そうだけど、あいつらも」
「別にいいけど」
「いいのかよ」


 ちびちびとジョッキに口を付けてるレオに話しかけると、じとりとした目でこっちを見てくる。誕生日を祝おうという気はもちろんあるが、こうして全員で集まれることなんて殆どないからこそ、つい目的が逸れてしまう。それが分かっているだけに、レオも気にはしていないのだろう。少し拗ねたように唇を尖らせたしたものの、何だかんだ言いながらもその顔は楽しそうだった。


「あー……それにしても酒ってこんな味すんの?何か思ってたのと違う」
「どういう味を想像してたんだよ」
「何かこう、もっとおいしそうな感じ。レックスらが飲んでるの見てるといつもおいしそうだったし」


 飲んでるみるとそうでもない、舌おかいしんじゃないの、と顔を顰めてレオは言う。それでも何だかんだとジョッキを手放さないのは自分だけ酒が苦手、というのが嫌だからかもしれない。別に飲めなくたって誰も何も言わないだろうに――まあ、笑いはすると思うけど。そうこう考えている間にもちびちびと酒を飲むレオは「苦い。苦すぎる」とそればかりを繰り返す。
 それを見て周りはけらけら笑いながら「飲めねーなら俺が飲むけど」と手を差し出す奴がいて、そんな奴の手をレオは叩き落とすと取られないようにジョッキを遠ざける。そこまで必死にならなくてもいいのに、とそんな様子に周りは噴き出す。同室の奴らの中ではレオが一番年下だということもあって、オレも含めてレオのことを弟のように思ってる奴が多いのだろう。本人はたまに年下扱いするなと怒ることもあるけど、そんなこと言われても年下だしな。


「じゃあほら、こっち飲め」
「……何だよそれ」
「甘党のお前のために買ってきたシロップ。これを酒で割って飲むとおいしいと思うぞ」
「あ、それオレも飲む」
「いや、お前これレオが誕生日だから買って来たんだけど」


 お前は普通の飲めるだろ、と言われるもオレだって飲んでみたい。いーやーだー、とジョッキを空にして差し出すと溜息混じりではあるが作ってくれることになった。そんなオレに「大人気ねー」とレオは溜息を吐いてくるも、飲みたいものは飲みたいんだから仕方ない。美味かったら今度また買いに行きたいし、そうそう、これは味見。味見は大事。
 そうこうしているうちに作ってくれた酒を改めて受け取り、「ほら、乾杯」とレオにジョッキを差し出す。薄いピンクの色をした液体を揺らしながら軽くぶつけ合って一口。さっぱりとした甘さで美味かった。割り具合も絶妙。レオもぱっと顔を明るくすると「これ美味い!すっげー美味い!」と上機嫌だった。


「一応言っておくけど、美味いからって飲み過ぎるなよ」
「分かってるって」
「どうだか」


 あと、ちゃんと胃に食べ物入れながら飲めよ、とつまみの皿を引き寄せるもレオは生返事をしつつごくごくとジョッキを傾けている。大丈夫かよ、と思うも、周りは既に顔を赤くして騒いでいる。あーあ、これ周辺の部屋から後で苦情来るやつだ。面倒だな、と頭を掻いているとひょいっと目の前に空になったジョッキが差し出される。


「……一応聞くけど、これは?」
「空になったからもう一杯」
「ペース早すぎだっつの!もうちょっとゆっくり飲めよ、この馬鹿」


 酔って吐いても知らないぞ、と溜息混じりに言うもレオは聞いているのかいないのか、早く早くとそればかりだった。駄目だ、こいつもう酔ってる。絶対酔ってる。「ジョッキ一杯で酔うなよ」とぼそりと呟くと、どうやらそれは聞こえていたらしく「オレは酔ってねー!」と騒ぎ出した。都合のいい耳だな、おい。
 そもそも、酔ってないと騒ぐ奴ほど酔ってるものだ。気付けば、いつの間にか顔は真っ赤になっていた。ほら、言わんこっちゃない。ちゃんと食べながら飲めって言ったのに人の言うことを聞かないからだ。はあ、と溜息を吐きながらジョッキに水を入れて薄ピンクのいちごのシロップを入れる。色はさっき作った酒と変わらない。飲めば分かるだろうが、酔っ払いには気付かれないはず――そう踏んでジョッキを差し出すと、レオはごくごくごくごくと勢いよく飲み始める。酒を渡さなくてよかった。


「っぷはー」


 いや、ぷはー、じゃないっつの。そもそも、それ甘い味のついたただの薄ピンクの水だし。何だこいつ、空気にも酔ってるのか、もしかして。そうとしか思えないほどのレオのはしゃぎっぷりに周りはけらけらと笑い出す。後の奴らは酒も飲み慣れてるし、放っておいても平気だ。そんな馬鹿な飲み方するような奴もいないし、その辺りのことは弁えてる。
 となると、あとはレオだけだ。今はまだへらへらと笑ってはいるがいつ寝るか分からない。そっと頃合いを見てジョッキを取り上げると、特に抵抗することもなく、へらへらと力の抜けた笑みを浮かべる。おいおい、こいつ本格的に酔ってるぞ。つーか、寝そう。此処が外の店ではなく、宿舎であることに安堵しつつ、レオにはあんまり酒は飲ませない方がいいと改めて実感しつつ、レオを引き摺って自分のベッドに寝させる。


「あー……ベッド……ふっかふかだなー」
「いや、いつも通りの背中が痛くなる硬いベッドだっつの」
「へへへへへへ」
「……」


 レオにはまだ酒は早かったかもしれない。苦手だということが早く分かったことを思うとそれはそれでよかったのかもしれないが、それにしてもジョッキ一杯でこうなるのならあまり飲ませない方がいいかもしれない。でもなあ、きっと飲みたい飲みたいと騒ぐんだろうなあ――と、そのことを考えると今から憂鬱だった。それにしても、こうも心配の種が目の前にあるとオレも酔うに酔えない。それほど強いというわけではないのだが、レオの世話を焼いているうちにすっかりと酔いは醒めてしまったらしい。


「……なあーレックスー」


 ジョッキに酒を作り直していると、不意にくぐもったレオの声が聞こえてきた。振り向くと、ベッドにうつ伏せになったままうーん、と声を漏らしている。まさか、と思って慌てて桶を用意しようとするも「あのさー」と間延びこそしてるものの、特に気分が悪いようではなく単純に話しかけているのだということに気付く。ベッドの脇に腰かけて何だよ、と言いつつジョッキを傾けていると暫しの後に、今日はありがと、という声が聞こえてきた。


「皆に呼び掛けてくれたの、レックスだって聞いた」
「……別に、大したことなんてしてない」
「へへへ。……だとしても、オレは嬉しかったよ」


 ありがとな、という声が聞こえる。相変わらずうつ伏せになっているからはっきりとは聞こえない。顔も見えない。それでも、きっと嗤っているのだということはその声から伝わって来た。そんな様子に何度か口を開きかけるも、すぐには言葉にならなかった。だから、その代わりにジョッキを置いてレオに手を伸ばす。
 明るい金髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。大したことなんてしてない。ただ、そう、祝いたかったから祝っただけだ。それだけだ。「……誕生日、おめでとう」とレオに改まれたことでオレも気恥かしさを感じながらも何とか口にする。レオはへへへっと力の抜ける笑みを漏らす。が、暫しの後に「……レックス」と何とも嫌な予感のする力のない声が聞こえて来た。


「……気持ち悪い」


 その一言にそれまで騒ぎながら酒を飲んでた奴らもぴたりと動きを止める。そして、「お、桶持ってこい!あと水!」「レックスがレオの頭を揺らすから!」「オレか!?」と一気に騒ぎ始める。いや、確かに頭を揺らした、かもしれない、が、いや、待て。とにかく今はオレがどうとかではなく、桶が先だ。
 そこからはとにかく全員で慌てて桶やら何やら用意したりと大騒ぎだった。さすがにまだ春先の夜、いくら冷え込みがマシになってきたとはいえ、換気しながら寝るというのは頂けない。この部屋の奴らまとめて全員寝込むなんてことになれば、宿舎での飲酒は禁止になりかねない。そうなると、他の連中からの非難は轟々。それだけは勘弁してもらいたい。
 それでも、ああだこうだと騒ぎながらレオを介抱している間、誰ひとりとして嫌な顔をすることはなかった。「お前、ほんと気を付けろよ」としばかれはしたが、それでも嫌だとは思わなかった。その通りだということを差し引いても、この部屋にいる奴らはみんないい奴で、レオだってうーと唸りながらも結局は気の抜けるへらりとした笑みを浮かべていたのだ。馬鹿な奴ばっかりだけど、こいつらと一緒でよかったと心の底から思った。








やさしいことばのエネルギー


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