崩壊 - the fall -



 息を弾ませ、殆ど身体を引き摺るようにしながらも何とか北区に辿り着いたアイリスは事前に教えられていたルヴェルチの邸宅へと向かった。レックスが向かうとすれば、そこが一番可能性のだ。とは言っても、ルヴェルチの邸宅に鴉が潜んでいるとは考え難い。どこか隠れ家を用意してそこに匿っている可能性の方が余程高いだろう。さすがのルヴェルチも自身の邸宅に帝国の人間を匿うほど、考えなしとは思えない。
 しかし、レックスにしてみれば、ルヴェルチは鴉に繋がる唯一の手掛かりでもある。ならば、何が何でもルヴェルチから鴉の情報を得ようとするはずだ。彼にとって、鴉への復讐こそが軍への入隊理由であり、これまで力を付けて来た何よりの理由だ。レックスの悲願とも言えるそれが果たせるかもしれない今、彼が形振り構うとは考え難かった。
 どうか間に合って欲しいとアイリスは懸命に足を動かし続け、何とかルヴェルチの邸宅を目視出来る距離にまで辿り着いた。周囲は静まり返り、人影さえもない。本来ならば、誰もが眠りについているような時間帯だ。空を見上げると、夜空を照らす月は既に傾き始めている。アイリスは注意深く周囲を探りながら、微かな物音さえも聞き逃さないように耳を欹てた。


「レックス、……どこ……」


 路地を見つける度に覗き込んで確認するも、なかなかレックスの姿を見つけることが出来なかった。既に邸宅の中に侵入しているのだろうかとも考えるが、今の状況であればルヴェルチも邸宅に私兵を置いている可能性が高い。そんな状況の邸宅に侵入することなど決して簡単なことではない。
 だが、それをやりかねないのが今のレックスだ。最悪の場合、ルヴェルチの邸宅に侵入することも考えながら彼の捜索を続けていると、ふと路地から僅かに身体を覗かせている人物がいた。アイリスには気付いていないらしく、彼女に背を向けて路地からルヴェルチ邸を伺っている様子だった。
 アイリスは目を見開くも、すぐに駆け出すのではなくゆっくりと足音と気配を殺してその人影へと向かって歩き出す。少しも気付く気配がない様子を確認したアイリスは一つ手前の路地に入ると、そのまま足早に人影があった路地へと向かった。さすがに真横から近付けば気付かれてしまう。そう思って背後から近付くことにしたのだが、いい加減、身体は限界だった。


「……っ」


 ぐらりと倒れ込みそうになり、アイリスは咄嗟に壁に手を付いて身体を支える。腹部の痛みは絶え間なく身体を襲い、時折吐き気が込み上げて来た。身体を休めるべきところを走り回っているのだ。いくら解毒剤を既に飲んでいるからといっても簡単に解毒出来るはずもない。
 それでも、今は自分の身体以上に優先するべきことがあった。もし、レックスがルヴェルチ邸に侵入してまで鴉に復讐しようとしたのなら、彼の命はないかもしれない。こんなことになるのなら、エルンストに最初から話しておくべきだったと今更ながらに後悔が押し寄せてくる。だからこそ、アイリスはこのような場で立ち止まることが出来なかった。
 自分がエルンストに話していたのなら、レックスはこのような行動には出なかったはずなのだ。それが彼の為になるかどうかは分からないものの、少なくとも、一人で突っ走ることはなかったはずだ。だから、それを思えばこそ、アイリスは何としてもレックスを止めなければならないという気持ちでいっぱいだった。それだけを支えに、必死に足を前に動かしていた。


「レックス……っ」


 何とか彼が飛び出す前に背後に回り込むことの出来たアイリスは声を押し殺して名前を呼びながら力を振り絞って駆け出し、レックスの腕を掴んだ。前方に意識を集中させていたらしい彼はびくりと肩を震わせると、咄嗟に掴まれた腕を振り払おうとするも、アイリスはぎゅっと強く腕を掴んで放さなかった。
 掴まれていない方の手が腰に差した剣へと伸びるも、漸く肩越しに振り向いた彼と目が合い、レックスは大きくその赤い瞳を見開いた。アイリスだとは思わなかったのだろう。その目に浮かぶ驚きからも、彼に声が届いていなかったことは容易に伺える。剣に伸びていた手はぴたりと止まるも、レックスは途端にばつの悪そうな表情を浮かべて彼女から視線を逸らした。


「……戻ろう、レックス。もうすぐエルンストさんたちも来るから」
「……嫌だ」
「でも、一人でなんて危なすぎるよ。それに、ルヴェルチ卿のところにいるとも限らないんだから。どこか別の隠れ家に、」
「だとしても、あいつならその隠れ家だって知ってるかもしれない」
「レックス……」


 頑なに首を横に振るレックスはその場から動こうとしない。彼からしてみれば、漸く手に入れた手掛かりなのだ。失った故郷と家族の仇を討つ為に軍に入隊し、そして漸く、探していた腕に黒い鳥の刺青を彫った男に近付くことが出来そうなのだ。そんな好機を、レックスは逃したくはないのだろう。
 しかし、その気持ちは分かるものの、だからといってその背中を押すことはアイリスには出来なかった。あまりにもレックスが無謀過ぎると思えてならないのだ。逃がしたくはない気持ちも、許せない気持ちも分かる。帝国の人間と手を組んだルヴェルチを今すぐ捕えたいという気持ちもアイリスにはあった。けれど、それを思えばこそ、今ここで何の用意もなしに踏み込むべきではないとも思ったのだ。


「やっぱり駄目だよ。罠だってあるかもしれない」
「だとしても、」
「こういう時だからこそ焦っちゃ駄目なんだよ」


 自分に言えたことではないとも分かっていた。アベルのことが気になって、勝手に動いた自分に元々の原因はある。あのようなことをしなければ、レックスは今も鴉のことを知らずにはいたかもしれない――しかし、そこまで考えて、彼女は首を横に振った。遅かれ早かれ、レックスにもこのことは知らされていただろう。だが、このような急に聞かされるということだけはなかったように思う。
 それを思うと、こうしてレックスを焦られて行動に移らせてしまったのは他ならぬ自分自身に思えた。だからこそ、掴んだレックスの手を離すわけにはいかなかった。彼をこのまま、ルヴェルチ邸に行かせるわけにはいかなかったのだ。アイリスはぎゅっと彼の手を掴み、決して行かせるつもりはないのだということを示す。それでも、レックスは「放せ」と押し殺した声で呟いた。


「せっかく手掛かりがあるんだ、ルヴェルチに全て吐かせれば……それに、……それに、アベルだっているかもしれない」


 その言葉に一瞬、アイリスの手が緩んだ。それに気付いたレックスは「あいつのことを放っておくわけにはいかないだろ!?」と畳みかけるように言う。その言葉に心が揺らいだ。けれど、すぐにアイリスは唇を噛み締めて首を横に振った。


「……アベルのことは放っておけないよ。でも、……本気で今、放っておけないって思って言ったわけじゃないよね、レックスは」
「……それは、」
「アベルのことを言い訳にしただけ。わたしの知ってるレックスは……仲間を言い訳にするような人じゃない」
「……っ」


 レックスの気持ちが分からないわけではない。しかし、だからといって彼の好きにさせて、そこに後悔がないと言い切ることは出来ないだろう。何より、普段のレックスらしくもなく、誰かを言い訳にしてまで我を押し通そうとしているのだ。それに気付いていながらも止めなければ、きっと、レックスもアイリスも後悔する。それを分かっているだけに彼女は何が何でも彼を行かせるわけにはいかなかった。
 

「それに、あの人に全て自白させたとしても、もうそれだけで止められるほど事態は簡単じゃないよ!明日にはシリル殿下が御即位する、そうしたら、」
「はい、そこでおしまい。二人とも落ち着きなよ、声が大きい」


 ゲアハルトは斬首刑に処されるのだと言おうとした矢先、背後からは呆れた小声が聞こえて来た。ばつの悪そうな顔をしたレックスはそのまま視線を逸らすと、アイリスを振り払おうとしていた手を下ろした。肩越しに振り向くと、やはりそこには声のままに呆れた表情を浮かべたエルンストがいた。彼の背後には騎士団を抜けて別行動をしている第二騎士団所属だった兵士らが心配げな顔で立ち尽くしていた。
 エルンストは肩越しに振り向くと、レックスを連れて行くように指示を出す。それに頷いた兵士らはすぐに動き、顔を背けているレックスの腕を掴むと半ば引き摺るようにして歩き出した。恐らくは隠れ家に連れ戻すのだろう。いつになく小さく見えるその背を見つめていると、「大丈夫?」とエルンストに声を掛けられた。


「え?」
「呼吸が荒いし、顔色も悪いから」
「あ、……すごく急いで来ましたから。それに元々寝不足気味で」
「そう。体調管理には気を付けてね」


 それじゃあ僕たちも行こうか、とエルンストはアイリスを促して歩き出した。さすがに今回の独断専行は許し難いのだろう。下手をすれば、レックスは死んでいた。それだけでなく、彼を動かしたのはエルンストだとルヴェルチはでっちあげていたかもしれないだけでなく、今のレックスは警備兵のロルフ・バルシュミーデとしてバイルシュミット城に潜入しているのだ。バルシュミーデ家にも害が及んでいたかもしれないことを考えると、被る痛手はあまりにも大きすぎる。
 間に合ったからこそよかったものの、間に合わなかった時のことを考えると背筋が冷えた。エルンストは自身が迂闊だったからだと言ってはいたが、レックスが鴉に所属している男を見ていたのだと打ち明けられていたことを話さなかった自分にも非があると思ったアイリスはすみませんでした、とエルンストに頭を下げた。どうして、と不思議そうに言う彼に理由を説明すると、エルンストは溜息を吐いた後にアイリスの頭を小突いた。


「俺が鴉のことを教えた時に打ち明けて欲しかったけどね。……でも、レックスの個人的なことではあるから、打ち明けるか悩む気持ちは分かるよ」
「申し訳ありませんでした……」
「いいよ、とは言えないけど、今は状況が状況だからね。君の罰は全部が終わってからかなあ」


 独断専行に報告義務違反、と指折り数えるエルンストは少し疲れた笑みを浮かべる。


「でも、罰って言ってもさ……アイリスちゃんは第二所属だから、ゲアハルト司令官の判子がいるんだ。……全部終わっても、あの人がいなきゃ何にも出来ないなあ」
「……そうですね」


 言わんとしていることに気付いたアイリスは視線を伏せて頷いた。ルヴェルチの言葉通りであれば、ゲアハルトに残された猶予は残り一日だ。その限られた中で現状をどうにか変えなければならないのだ。焦りは募る一方だが、それを何とか押し殺して平気な振りをしなければ一歩も前に進めそうになくなってしまう。
 ともすれば震え出しそうに手を握り締め、アイリスは腹部が訴える鈍痛さえ気付かぬ振りをする。じっとしている時間などないのだ。形振りも構っていられない。自分に出来ることをするしかない――アイリスはエルンストとの分かれ道に立つと、彼に深く頭を下げて足早に城へと続く小道を歩み出した。










「あら、素晴らしい案だわ、ルヴェルチ卿」


 夜も更け、月も傾いた頃――カサンドラはルヴェルチと対面していた。隠れ家として与えられた邸の居間には、二人の他にカインとブルーノ、そして、合流したアウレールの姿があった。
 ルヴェルチが告げた案とは、先日彼がゲアハルトに直接告げた斬首刑だった。シリルの即位後に全ての罪をゲアハルトに被せて始末するには、この方法は確かに最適なものだった。ルヴェルチにしては、まともなことを考えるではないかと内心考えながらカサンドラはカップに口を付けた。


「ゲアハルト司令官に全ての罪を被せ、シリル殿下……いいえ、シリル陛下のお手柄になりますものね」
「えー……でもそれじゃあ、ボクたちの手で殺せないじゃん」


 唇の端を持ち上げるカサンドラに対し、彼女の隣に腰掛けているカインは酷く不機嫌な様子で口にした。かつてそこにあった左目を覆うように巻き付けられた白い真新しい包帯が痛々しく、ルヴェルチは僅かに顔を歪めていた。そんな彼の変化に気付いたカサンドラは口元に笑みを浮かべたまま、「カインの目が気になりますか?」と尋ねた。
 しかし、ルヴェルチはばつが悪そうに視線を逸らして口ごもる。気になるのだろうが、躊躇っているのだろう。聞いてしまえば、触れてはならないものに触れてしまうような気さえしているに違いない――そういう勘は悪くはないのに、とカサンドラが内心苦笑していると「これはね、ルヴェルチさん」とカインが先ほどまでとは打って変わって機嫌よく口を開いた。


「アベルとお揃いにする為に潰したんだ」
「潰、した?」
「そうだよ。だってアベルは右目がなくなったんだ。だからボクが左目を潰せば、ボクらはまた二人で一つに戻れる」


 これでもう何も怖くない、とカインは恍惚とした様子で言う。それを横目にちらりと視線を対面しているルヴェルチに向けると、彼の顔色はお世辞にも良いと呼べるものではなかった。目を潰す様を想像でもしたのだろう。その様をカサンドラは冷めた目で見つめていた。
 シリルの即位は翌日に迫っている。つまり、行動を起こすまで残り一日もないのだ。だからこそ、こうしてルヴェルチと顔を合わせているのだ。カサンドラは相変わらず恍惚としているカインを捨て置くと、「ところで、白の輝石の入手はどうなっているのでしょう」と本題を切り出す。
 彼女らがルヴェルチに協力している最たる理由は白の輝石の入手である。ルヴェルチがシリルを王座に就かせることの交換条件として、キリスティから与えられることになっている。そしてそれを、カサンドラが譲り受けることを条件にホラーツ暗殺に手を貸し、裏で暗躍していたのだ。ルヴェルチは深く頷き、「約束通り、白の輝石は渡しますよ」と口にした。


「今更反故にするはずがないでしょう」
「ええ、そう信じています。けれど、もし反故なさるようなことがあれば、その時は勿論お分かりでしょう?ルヴェルチ卿」
「……無論、分かっていますとも」


 途端にルヴェルチの顔が青くなった。もしも、手を貸す条件だった白の輝石が入手出来なければ、それこそどのような目に遭わされるかなど分かったものではない。しかし、膝の上の手をぎゅっと握っている彼を見つめながら、約束が果たされたからといって生存が約束されていると思っているのだろうかとも思っていた。
 しかし、そんな考えなどおくびにも出さず、カサンドラは笑みを浮かべると「ご承知頂けれいるのであればいいのです」と穏やかな口調で言った。そしてふと、彼女は思い出したかのように「斬首刑の件はちゃんとシリル殿下の了解は得ているのかしら」と問い掛ける。


「いや、それはまだですが……」
「早く殿下にお伝えした方がよろしいかと。このことは既にアイリス嬢を通してエルンストたちにも知れているかもしれない」
「だとしても、エルンストが今この状況で動けるとは、」
「エルンストが動くとは言ってはいないでしょう、私は。……彼のことだから、動かすのならアイリス嬢。そうでなくとも、彼女ならきっと形振り構わずにシリル殿下に助命を嘆願するはず」


 彼もあの子のことは気に入っているようだから、斬首刑を許さないかもしれない――カサンドラの言葉にさっとルヴェルチの顔色が変わった。ルヴェルチにも思い当たることがあるのだろう。夜が明けたらすぐに伝える、と口にする彼と二言三言話し、白の輝石の受け渡しは今夜未明、キルスティから受け取ったらすぐにこの隠れ家に持って来るということで話はまとまった。


「それではルヴェルチ卿、白の輝石をお土産にお越し下さることをお待ちしていますね」


 ルヴェルチは強張った顔つきで深く頷くと、足早に居間を後にした。徐々に遠のく靴音が聞こえなくなると、それまで椅子に座って口を閉ざしていたブルーノが盛大な溜息を吐き、ソファにだらりと寝そべった。そして、「それにしても、ルヴェルチさんっていつ見ても面白いよね、顔色変わり過ぎ」とカインは肩を震わせながら思い出し笑いする。
 そんな二人に対し、カサンドラは「お仕事はこれからなんだからしっかりしてちょうだい」と溜息混じりに言う。ルヴェルチには、この隠れ家で待機していると伝えてはいるものの、無論のこと、大人しくしているつもりなどカサンドラらにはなかった。


「アウレール、兵はどうなってるの?」
「予定地点で待機している」
「兵って?」
「帝都から精鋭部隊を少し送ってもらったのよ。迅速にブリューゲルを陥落させられるように」


 彼女のその一言にカインはにいと笑みを浮かべた。そして、待ち切れないとばかりに爛々と輝く隻眼をカサンドラに向けると、「それで?今みんなは何処にいるの?ボクは何をすればいい?」と矢継ぎ早に言う。余程、この国が嫌いらしいと感じながらもカサンドラはカインにまずは落ち着くように言いつつ、軽く頭を撫でた。


「まだ彼らはこの国には入っていないわ。夜明けと共に従軍すれば、私たちが動き出す頃に丁度配置に付ける予定なの」
「何処に配置するんだよ」
「バイルシュミット城の抜け道ね。緊急時に王家の人間を外に逃がす為に作られた抜け道がたくさんあるのよ、後は下水道もね」
「うげっ……俺は絶対に下水道なんか行かないからな」
「えー、ブルーノにはお似合いだと思うけどなー」
「どこがだよっ」


 けらけらと笑いながらからかうカインにブルーノは間髪入れずに噛みつく。しかし、取り合う気のないカインは一頻り笑い終えると、「ところで、ルヴェルチさんのことはどうするの?」と隻眼に浮かんだ涙を指先で拭いながら口にした。ブルーノはむっと顔を顰めたままではあるものの、ルヴェルチの今後の処遇については気になっていたらしく、視線をカインからカサンドラへと向けた。


「さあ、どうしようかしら。邪魔になるのは確実だからそのうちご退場願うところではあるけれど……」
「じゃあシリル殿下たちは?」
「それこそ不要よ。白の輝石さえ手に入れれば、後はこの国を植民地にするだけだもの。王家も何もかも斬り捨てるだけど」


 ああ、でもエルザ殿下に手を出しては駄目よ――カサンドラは思い出したように付け足した。彼女だけはこの手で始末しなければ気が済まないのだ。その為に此処まで来たようなものなのだ。今度は脅しではなく、必ず殺してみせるのだとカサンドラは紅を塗った唇の端を吊り上げて笑みを浮かべる。


「それじゃあもうルヴェルチさんもその時に殺しちゃえば?」
「その方が面倒も少なくていいだろ」


 前々より、カサンドラらはシリルの即位前夜に行動に移るつもりでいた。即位などされて、下手に国をまとめられては困るのだ。混乱の状況にあるからこそ、攻め落としやすいのだ。そのためには、白の輝石を所有しているというキルスティが納得の上でそれを手放す瞬間――つまり、即位前夜が狙い目だった。
 その時に合わせてルヴェルチも一緒に始末してしまえとカインとブルーノが口を揃えて言うも、どうしようかとカサンドラは悩む素振りを見せた。まだ何かに使えるような気もするのだ。かといって、何かあるという確証があるわけでもない。下手に生かしておくよりはさっさと処分してしまった方がいいのかもしれない。そんなことを考えていると、カインが足をぶらつかせながら口を開いた。

 
「ゲアハルトを売国奴に仕立て上げて、暗殺された悲運の王家に代わり国をまとめる代理執政官……なんて大役はルヴェルチさんには勿体ないと思うな」
「寧ろ、あいつに演じさせたらそれこそ台無しになりそうだ」
「それは言えてる。ブルーノにしてはまともなことを言うよね」
「俺にしてはって、お前はどれだけ俺を馬鹿にしたいんだよ、いい加減にしろ」


 再び口論を始める二人を窘め、カサンドラは溜息を吐いた。ルヴェルチが生きていようといなかろうと、然程大した問題には成り得ない。ならば、二人が言うように用が済んだらさっさと処分してしまった方がいいだろうと結論付ける。それを二人に告げると、当然だとばかりに彼らは頷いた。


「それじゃあ、ボクらが動くことは伝えなくていいんじゃない?」
「そうね。伝えて下手に動かれても困るもの」


 カサンドラの言葉に頷いた二人は夜までの間を好きに過ごすべくソファから立ち上がると居間を後にした。それを見送った彼女は視線を壁に凭れているアウレールへと向けた。彼がヴィルヘルムから何を任されていたのかは知れないものの、アウレールの前で下手な行動はしない方がいいだろうと考えていた。
 今回の一件を失敗すれば、自分は帝国にいられなくなる。その為にも何としても白の輝石を奪取し、コンラッド・クレーデルが残した研究資料を見つけ出さなければならない。そのためには何かしらの手掛かりを託されている可能性があるアイリスを捕縛する必要がある。カサンドラは気持ちを切り換えるように目を伏せ、深い呼吸を繰り返した。




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