崩壊 - the fall -



 ルヴェルチがキルスティの居室に入って行くのを見たという話を聞いたアイリスは様子を伺う為に居室へと向かっていた。だが、人払いがされているらしい居室の付近には不用心にも警備の近衛兵の姿が一人としてなく、この時期にどうして人払いなどしたのかと眉を寄せる。
 だが、それだけルヴェルチと重要な話をしているのだと思うと、やはり探らないわけにはいかない。気配を殺したまま、アイリスが足音を立てないように細心の注意を払いながら一歩を踏みだとした矢先――唐突にキルスティの居室からは爆発音が聞こえた。大きくはなかったものの、決して小さな爆発音というわけではない。一体何が起きているのかと慌てて居室へと近付いたところで、何処かで聞いたことのあった女性の声が聞こえてきた。
 キルスティではないその若い女性の声にアイリスは警戒するも、既に自分が扉一枚隔てた場所にいるのだということは居室の内部にいる人間には知れ渡っている。ならば、今更逃げたところでどうしようもないのだ。アイリスは養父から受け継いだ細身の杖を取り出すとそれをしっかりと握り締め、幾度かの深呼吸の後に扉をゆっくりと開いた。


「あら、貴女だったの」


 扉を開けると、そこは異様な空間と化していた。室内にはシリルとルヴェルチが向かい合ってソファに腰掛け、彼らの背後に控えるように近衛兵と見覚えのある顔がいくつか並んでいた。ルヴェルチの背後に控える者たちの中にはアベルの姿もあり、それを見るなり声を掛けそうになるも、そのすぐ隣にいる彼と瓜二つの容貌をした少年に殺意に満ちた視線を向けられ、アイリスは口を閉ざした。
 アベルや先日の少年――カインの姿があるということは、彼らは帝国軍に属する人間であるということが伺える。視線を彼らに順繰りに向けると、アベルとカインの他にも見覚えのある顔の人物らがいた。一人は目深にフードを被った、先日、カインを止めに来たブルーノという青年だ。相変わらずフードを被っている為、どのような容貌であるかは知れないままである。そして、もう一人、居室に入って来るようにと促した赤紫の髪の女性にはアイリスも見覚えがあった。「……カーニバルの時の、」と何処で会ったのかという記憶を手繰り寄せた彼女は柳眉を寄せながら呟く。カーニバルの際、道に迷っていたところを薬屋まで送り届けた相手だったのだ。


「そう、覚えていてくれて嬉しいわ。私はカサンドラ。貴女にも用があったからこうして会えて手間が省けたわ」


 にこりと愛想のいい笑みを浮かべるカサンドラの目は少しも笑ってはいない。アイリスは身構えながら、一体自分に何の用があるのかと考える。思えば、カインに殺され掛けていたところをブルーノが制止した時も、殺してはならないという命令が出ていると彼は口にしていた。
 だが、彼らに狙われるような理由が自分にあるとは到底思えないアイリスはじりじりとシリルらの方へと足を進める。しかし、数歩も近寄らぬうちに「ブルーノ」とカサンドラはフードを目深に被った青年の名を呼ぶ。名前を呼ばれた彼は溜息を吐くと、面倒臭そうにしながらもアイリスの方に歩いてくる。
 先ほどのカサンドラの口振りから自身を捕縛しようとしていることに気付いたアイリスはすぐに杖を構えるも、それよりも先に「奴らを討ち取れ!」というシリルの鋭い声が部屋に響いた。一瞬反応に遅れるも、その号令に従ってすぐさま控えていた近衛兵らが動き出す。一瞬にしてキルスティの居室は混戦と化した。


「シリル殿下っ……せ、正妃様!?」
「いい、どうせ母上はもう助からない。貴様は姉上を連れて逃げろ」
「何を……!」


 近衛兵らの合間を縫ってシリルの元へと辿り着いたアイリスは彼のすぐ傍の床に寝かされている血塗れのキルスティを見るなり息を呑んだ。まだ息はあるようだが、その出血量からして助かり見込みは彼が言うようにないだろう。喉元には未だ鋭利なナイフが突き立てられ、その傷口からは呼吸する度に血が溢れていた。
 助からないということは分かっている。だが、目の前に傷ついた人間がいるというのに、それを見過ごすことはアイリスには出来ない。それがたとえ自身を酷く痛みつけた相手であっても、何もしないという選択肢はアイリスにはなかった。シリルは捨て置けと言うも、それは出来ないと駆け寄ろうとするも、シリルは痛いほどの力で彼女の腕を掴んだ。


「早く行け!」
「しかし……っそれでは殿下も、」
「私は行けない。まだすることがある」


 そう言うと、シリルはアイリスの腕を掴んだまま、彼女を扉の方へと押しやる。その片手には何やら紐が握られているが、それが何であるかを問う余裕は彼女にはなかった。殆ど押し出すような形で廊下へと突き飛ばされたアイリスはそのまま尻餅をついてしまう。何をするのだと顔を上げると、シリルは扉に手を掛け、眉を下げて笑っていた。


「行け」
「出来ません……っ」
「命令だ。姉上を連れて逃げろ。貴様には貴様のやるべきことがあるだろう」
「殿下を置いて行くなんてことは、」
「それが本当に貴様のやらなければならないことか!」


 剣戟の音や悲鳴が響いている。そんなところにシリルを置いては行けないと強く思うも、恐らく同時に掛けられているであろう襲撃のことを考えるとエルザやゲアハルト、レオの身が心配だった。一刻も早くこのことを外の人間に、エルンストに知らせなければならないということもある。
 それは分かっているのだ。外の人間に知らせることの重要性もエルザやゲアハルト、レオの身を守らなければならないということも分かっている。それでも、ここでシリルを置き去りにしたくはなかった。これではアベルを置き去りにした時と何ら変わらないではないかと、アイリスの目の端にはじわりと涙が浮かぶ。


「……アイリス、お前は生きろ」
「殿下、」
「これはルヴェルチと手を組んだ私がやるべき幕引きだ」


 そう言うと、シリルはレオを幽閉している牢の鍵を持っているかと問い掛けた。その言葉から、やはり先日、居室へとアイリスを呼び付けた時にポケットに鍵を入れたまま上着を放り出していたのは合鍵を作らせる為に敢えて作られた隙だったのだということが分かる。アイリスはこくりと頷くも、その合鍵はエルンストが持っているのだということを伝える。


「そうか。なら、私の居室の隠し場所を、っ」
「殿下っ!?」
「なーに話してるの?」


 シリルの胸元が赤く染まった。鈍く光るナイフの先端が彼の胸から覗き、アイリスは悲鳴に似た声で叫んだ。シリルの背後から聞こえて来る声には聞き覚えがあり、彼を刺したのは自身を刺したカインであるということが分かった。途端に腹部に痛みが走るも、アイリスはすぐに立ち上がって閉ざされ掛かっている扉へと近づこうとした。
 だが、「来るなっ」という怒声にアイリスは足を止めた。そして彼は痛みに顔を歪めながらも笑みを浮かべると、「姉上とレオを頼む」とだけ言い残し、扉を閉ざしてしまう。咄嗟に扉へと駆け寄り、「シリル殿下!」と扉を叩くも聞こえて来るのは彼の声ではなくカインの哄笑だ。
 アイリスは唇を噛み締めると、床を強く蹴って走り出す。腹部の痛みが身体を襲うも、今はそれを気に留める余裕はない。頬を伝う涙さえ拭わず、エルザを連れて逃げろという彼の命令を遂行するべくエルザの居室へと急いだ。








「まだ殺しちゃ駄目よ、カイン」


 扉を閉め、後ろ手に鍵を掛けたシリルは凭れ掛かるようにしながらその場に座り込んだ。胸からは絶えず血が溢れ、どくどくと心臓が脈打つ度に血が傷口から溢れていた。自身を刺した頬に黒い鳥の刺青を入れた少年はそれを酷く愉しげに嗤い、血で濡れた刃を再び振り上げる。
 だが、それが身体に穿たれるよりも先に制止の声が掛かった。意外だとばかりに視線をカサンドラに向けるも、彼女の爛々と輝く赤い瞳を見ていると、命を助ける気は毛頭ないのだということが伺えた。カインは不満げに文句を口にしてはいるものの、結局のところは彼女の命令に背くという選択はないらしく、大人しくナイフを下ろした。


「アウレール、彼女を捕まえて来て。分かっているだけれど、殺しちゃ駄目よ。ああ、エルザ殿下もね」
「分かっている」
「それじゃあボクも一緒に行くよ!」


 シリルへと駆け寄ろうとした近衛兵の剣を捌き、カインはナイフを深々と彼の胸へと刺す。深紅の軍服に黒く広がる血にシリルは顔を歪めた。改めて居室内を見渡しても、そこはまるで地獄絵図だった。生きている者の方が少なく、床に伏して死を待つ者の方が多い。室内は血の濃厚なにおいで満たされ、目に鮮やかな夥しい量の赤が撒き散らされていた。
 だが、このままやられてやるつもりもシリルにはなかった。痛みに耐えながら身体を起こすべく足に力を入れるも、上手くいかない。ただ、立つだけだというのに、その行為がこんなにも難しいことだっただろうかと思いつつ、壁に手を付いて起き上がろうとする。しかし、ずるりと付着した血で滑り、床へと倒れ込んでしまう。


「あーあ、何やってるのー?」


 カインは傍に膝を付き、口端を吊り上げて笑みを作る。嘲笑を浮かべる彼に苛立ちを覚えるが、今はそれに構っている余裕はない。そうこうしている間にもアイリス捕縛を命じられたアウレールがこの居室の唯一の出入り口であるすぐ傍の扉へと向かって来る。行かせらるわけにはいかないとシリルはその屈強な足にしがみ付いてでも止めようとするも、伸ばした腕はカインによって踏み躙られてしまう。


「無様だねー、王子様」
「……っ」
「それじゃあボクも、」
「駄目よ。カインはブルーノと一緒にレオ殿下のところに行ってもらうもの」
「どうして!?」


 納得がいかないとばかりにカインは地団太を踏む。その間にアウレールは妨害することさえ叶わずに居室を後にしてしまった。不甲斐なさに顔を歪めながらも、彼は何とか身体を起こそうとする。カインはカサンドラの指示に気を取られているらしく、何とか邪魔されることなく身体を起こすことは出来た。
 シリルは改めて、自身が握り締めている紐へと視線を向ける。まだこの紐の仕掛けにはカサンドラらの誰も気付いてはいないらしい。魔法石の方は既に気付かれてしまっているが、まだ手段は残っているのだ。シリルは紐をしっかりと握り締め、さっと周囲へと視線を巡らせる。しかし、目星を付ける前にくいっと紐が何者かに引っ張られた。
 はっとした表情で引っ張られる紐の方向を見ると、そこには未だ息のある床に倒れ込んだ近衛兵がいた。彼が紐を引っ張っていた。どうやら、その紐の先に繋がっているものが何であるかに気付いているらしい。しっかりとした視線を受け、シリルは小さく頷いた。自分が動くよりも、カサンドラらも気付いていないであろう彼に託す方が余程いいように思えたのだ。


「ボクだってあの女を追い掛けたいのに!」
「追い掛けたら貴方は彼女を殺すかもしれないでしょう」
「殺さないよ!」
「だとしても、可能性がある以上は任せられないわ。レオ殿下なら殺しても構わないもの、ブルーノと向かいなさい」


 ああ、でも鍵が必要なのよね。
 そう言って向けられたカサンドラの底冷えのする視線にシリルは背筋を凍らせる。そして、決して言うものかと唇を真一文字に引き結んだその時、立ち上がり掛けていた彼を押し退けるようにしてルヴェルチが開け放たれていた扉から飛び出して行った。今の今まで存在を忘れてしまっていたが、この状況に耐えられなくなって逃げ出したらしい。
 シリルは押し退けられたこと以上にルヴェルチのことをすっかりと失念してしまっていた自身に舌打ちする。だが、それはカサンドラらも同様だったらしく、「アベル、今すぐ追い掛けて始末して来て頂戴」と苛立たしげな声音で告げた。


「いいの?殺すかどうかは後で判断するって言ってたのに」
「構わないわ。この程度の状況で逃げ出す様な男ならそれまでだもの。後々邪魔にしかならないわ」


 了解、とアベルは言い残すと足早にシリルの脇を通り抜けて居室を後にした。すれ違う間際、酷く気遣わしげな視線を向けられるも、敵である彼にどうしてそのような顔をされなければならないのかとシリルは僅かに眉を寄せていた。だが、すぐ目の前にカサンドラが歩み寄ると、その表情はやはり強張ってしまう。
 カサンドラはその様子に愉しげに唇を撓らせ、「いい表情ですね、殿下」と囁く。そして、顔を近付けるようにしながらその場にしゃがみ込むと、咽返るような血のにおいの中、甘い薔薇の香りがした。その香りは以前、どこかで嗅いだことのあったように思い、彼は必死に記憶を手繰り寄せる。


「……貴様、何度か城に忍び込んでいたのか」
「あら、どうしてそんなことを仰るのかしら」
「その香水だ。廊下に残っていた」


 いつだったか、ルヴェルチと執務室で話した後、廊下に残っていた香水の香りと同じものをカサンドラが纏っていた。それを指摘された彼女は驚いたように目を瞬かせ、それから目を細めて笑みを浮かべた。「思ってたよりもずっと鋭く賢い方でしたのね」と口にするカサンドラにシリルは口の端を歪めて笑った。
 愚か者であると噂されていることはシリルも知っていた。それでいいとも思っていたのだ。元より争いごとは嫌いであり、政治にも興味はなかった。なるようになれと思っていたし、国ことも正直なところはどうだってよかったのだ。自分が大切であると思うものさえ守れれば、他のことはどうだってよかったのだ。
 それでも、最近は少しずつ国のことを考えるようにもなってはいた。自分に仕えている者のことも考えるようになっていた。それもいつだって直向きにたった一人で戦っていたアイリスを見ていたからだろう。彼女は少なからず、今まで怠惰に過ごしていた自身に対して影響を与えてくれていた。だが、出会うにはあまりにも遅かった。


「シリル殿下、レオ殿下の牢の鍵と白の輝石をお渡しください」
「……渡したところでどうなる」


 ちらりと視線をキルスティが寝かされている場所へと向ける。恐らく、既に事切れていることだろう。殆ど巻き込むような形になってしまったことを今更ながら申し訳なく思うも、辿る道は結局のところ、大差ないはずだ。命を助ける約束を口にしていたルヴェルチさえ逃げ出しているのだ。カサンドラらが彼の約束を引き継ぐとは考えられない。
 そして、視線を先ほど視線を交わした近衛兵へと向けた。彼は既に用意を整えたらしく、頷いている。くん、と鼻を微かに動かせば、目前のカサンドラが纏う薔薇の香りと室内に満ちる血のにおいの他に微かな焦げ臭さを嗅ぎ取る。どうやら上手く行きそうだ、とそのことにシリルはほっと安堵の息を吐く。


「今すぐお渡し頂ければ、せめて痛みを感じる間もなく楽にして差し上げます」
「……楽に、か」
「ええ。その傷ではもう助からないということは殿下もお分かりでしょう?」


 無遠慮に伸ばされた紅に彩られた指先がシリルの傷口へと触れる。あまりの激痛に声が漏れ掛けるも、彼は唇を噛み締めてそれに耐える。だが、指は傷口を抉り、押し広げるように指が動かされ、シリルの口からは殺しきれなかった呻き声が漏れた。カサンドラは歪んだ笑みを浮かべる。要するに、先ほどの仕返しなのだろう。
 楽にするとは言っても、それはただの建前だ。彼女にそんな気は微塵もないのだろう。面倒な人間を怒らせてしまった、と今更ながらに考えながら、シリルは血塗れの手でカサンドラの身体を緩く突き飛ばした。


「白の輝石も鍵も……貴様らに渡す気はない」


 小箱を押し込んでいた上着のポケットを押さえ込み、シリルは壁に背を預けながら立ち上がる。カサンドラの視線は未だ向けられたままではあったが、どうやら何をする気なのかと様子見するつもりらしい。否、何をしようとも自分たちの勝利は絶対的であると考えているのかもしれない。
 この状況から自分たちの敗北を考えることは難しいだろう。シリルが同じ立場であったとしても、それは同様に考えたはずだ。身体を引き摺るようにしながら壁際の飾り棚まで辿り着いた彼はそこに置かれていた燭台を手に取る。普段なら気にならない重さも痛みに蝕まれた身体では取り落としてしまいかねない重さだった。


「殿下、何を……」
「……おい、何かこげ臭くないか?」
 

 鼻を押えながら周囲をブルーノが見渡す頃には、既に準備は整っていた。「何?!爆弾っ!?」とカインは叫び、爆発に備えようと防御魔法を展開しようとする。だが、すぐにそれはカサンドラによって止められた。迂闊に魔力を放出すれば、室内の至る場所に仕込まれている魔法石が反応し、爆発してしまう。
 カサンドラはやられた、とばかりに顔を歪めて舌打ちする。そんな彼女の表情に息も絶え絶えになりながらシリルは笑みを漏らした。結局のところ、勝利を収められたというわけではない。ルヴェルチも取り逃がし、アウレールを引き止めることさえ出来なかった。キルスティを巻き込み、多くの近衛兵も死に追いやってしまった。そんな自分が守れたものなど殆どなく、幕引きなどと偉そうなことさえ言えたものではなかった。


「言っただろう、白の輝石も鍵も渡す気はないと」


 後はただ、祈ることしか出来ない。どうかアイリスがエルザを連れて逃げ延びてくれることを。そしてどうか、この燭台を叩きつけると同時に起きるであろう爆発に気付いて、騎士団が動いてくれることを。自分ではない誰かが、この国を守ってくれることを祈ることしか出来ない。
 それでも、これで少しは時間を稼げるはずなのだ。強く上着の上から小箱を握り締め、シリルは顔を歪めて笑った。今になってまだ生きていたかったと思うなんて、あまりにも滑稽すぎるではないか、と。脳裏に過ったのは幼い頃の楽しかった頃のことであり、最後に見た、アイリスの泣き出しそうな顔だった。
 思えば、まだ彼女には強引に口付けたことを謝っていなかった。もう遅いと分かりながらも、もっと早くに謝っておくべきだったという後悔で胸がいっぱいになる。もっと他にも伝えたいことがあった。あんなことをしたのに、自分に対しても分け隔てなく接してくれていた。それがとても、嬉しく、有り難かったのだ。


「……すまなかった」


 ぽつり、と呟く。シリルはそのまま握っていた燭台を床へと叩きつける。それと同時に、元々用意していた爆弾へと続く導火線に付いた火がそこへと辿り着いた。それに火を付けた近衛兵は既に息絶えているらしい。ぶわりと火は絨毯に燃え広がり、シリルとカサンドラらの間には炎による壁が作られる。
 まさか室内に爆弾を仕掛けているとは思っていなかったらしいカサンドラは――予想はしていても、魔法石までは考えていなかったのかもしれないが――悔しげに顔を歪めていた。それを最期に見れたことにシリルは満足げな笑みを漏らし、そっと瞼を閉じた。そこに浮かんだのは酷いことをしたのに、それでも笑い掛けてくれたアイリスの笑顔だ。 届かないと知りながらもそっと唇を動かす。けれど、それが音になる前に仕掛けていた爆弾が盛大な音を立て、炎を巻き上げながら爆発した。



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